時計台

@suiboku

第1話 商店街のスープ

時計台から商店街に向かう道はアスファルトを一直線に貫いていた。

肩がぶつかりあうほどの人の群れを赤い夕日が照らし、並木は枯れた色を見せる。

午後六時の鐘は空を鈍色に染めた。月が合図して順々に灯りを覗かせた。

戸口を叩く列は吸い込まれるようにぞろぞろと入っていく。

麺を茹でる店主の腕は震わなかった。動脈の浮いた腕の皮は白く伸びて乾いている。

湯切りを重ねるごとにその肌は黒く染まっている気がした。

昼光色の麺はその肌をスープの湯に馴染ませた。金色に光る一本いっぽんの流れるような曲線と豚肉の杢目のような色合いが香ばしさを物語っている。

割り箸はぱきっと音を立てた。中央に筋張った小さなかまぼこの溝は沿わず細先に少しヨレを残してささくれを突き立てた。まるで逆立てた髭みたいに毛先は刷毛の形をして笑った。

「風味のいいスープですね」

「この味を見つけるまで苦労しました。」

厨房から振り返った店主は短い言葉を返した。

喉の奥だけを震わせているようなその声は会話向きじゃない。きっと。

暖簾をくぐってきた別の客に店主は威勢のいい声をかけた。わたしと同じように。

「スープの味もそうですが、なにか隠し味があるのかなって感じました」

「お気づきになりましたか、確かにスープの味にもこだわりましたが他にも――」

目尻は静かに緩んでいた。割烹着の冷たい白さを湯気だけが優しく包んでいた。

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