業華/誕
神田或人
◆序章 幕が上がる
俺の目は赤イ。
闇の底で灯りを呑みこんだ血の色。
髪は白髪。
陽に照らされれば雪のように白く、夜に浮かべば死者の影のように青白く。
凡庸な人間どもによると、ぞっとするほど、美しいんだッてさァ。
皆が俺を欲しがった。
欲に塗れた視線なんて浴び慣れてる。
女は憐れみを、男は欲望を、子どもでさえ石を投げながら俺を見た。
そのどれもが結局は、同じ観客席から俺を見上げる愚か者の眼差しにすぎねェ。
血で濡れた手を見下ろしながら、俺は笑った。
赤黒い滴が土に滲み、ひび割れた地面に吸い込まれていく。
鉄臭い匂いが鼻を突き、夜気に溶けていく。
荒れ果てた社は、深夜の静寂に沈んでいた。
屋根瓦は欠け、雨漏りを吸った畳は黒ずみ、石段には草が這いあがっている。
拝殿の灯はとうに絶え、吊るされた鈴は錆びて音も出さない。
闇に沈んだ本殿は、神の居場所というよりも墓穴のようだった。
その中心に俺はひとり立っている。
神も仏も逃げ出したこの舞台で、残ったのは俺の嗤いだけ。
幕はもう上がってる。
見ろヨ、俺は舞台の中央に立っている。
観客はどこにもいないのに、確かに視線を感じる。
いや、違うナ――俺が見せているんだ。
血に濡れた掌も、歪んだ嗤いも、全部が舞台装置だ。
咳ひとつ。
喉の奥から熱い血が溢れ、膝をついた。
それすらも、俺にとっては開幕の合図。
惨めな姿でさえ、舞台を飾る小道具に変わる。
さァ、始めようか。
俺がどうやって生まれたか。
どうやって“悪”になったか。
世界に聞かせてやる――俺の物語を。
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