好感度が数字で見える俺のクラスで、図書委員だけずっと“∞”のままなんだが
@pepolon
第1話 みんな数字なのに、図書委員だけ“∞”って出てる
四月。新しいクラスの朝。
俺はいつものように、いちばん後ろの窓際に座って、なんとなく教室を見回した。
——数字が、浮いてる。
頭の上、ちょっと上空。髪型と同じくらい当たり前に、みんなの“俺に対する好感度”が見える。
「おはよー春川ー!」
元気に手を振ってきたのは幼なじみの茜(あかね)。頭の上には78。昨日、ノート写させたから3ポイント上がってる。
「あ、おはよ」
「ねえねえ、今日のあたし何点?」
「78」
「は?80超えてないの?幼なじみだよ??」
「幼なじみが毎日80だと思うな。忘れ物預かったら上がるだろたぶん」
「ちょっと上げといてよ〜。あ、好きなやつにはいくつって出るの?」
「それは聞かないお約束です」
茜は「ちぇー」と言って自分の席に戻っていく。俺の視界の数字も、彼女が遠ざかるにつれて小さくなる。クラスメイトたちのも似たようなもんだ。
陽キャグループ:50〜65
真面目男子:40ちょい
なんなら担任予定の先生(廊下)にまで32って出てる。
だいたい、この世界はそういう仕様だ。
好かれれば上がるし、しくじれば下がる。
テストで答案渡したら+3、誕生日に祝ったら+5、嫌なこと言えば−10。
ゆるい、でも分かりやすい、人間関係の体温計。
——ただ。
教室のいちばん前で、本を読んでる雪村(ゆきむら)さんだけが、おかしい。
黒髪を耳にかけて、うすいベージュのカーディガン。図書委員っぽいおとなしい子。声がでかい友達はいない。授業中に当てられたらちゃんと答えるけど、目立とうとはしない。
そんな、どこにでもいそうな(実際どこにもいないくらい静かな)子の頭の上にだけ。
∞
って出てる。
数字じゃない。
100でも120でも999でもない。
無限大の記号だけが、ふわふわと白く揺れてる。
(……今日も変わんないな)
ちょっとだけ安心する。
ちょっとだけ、怖くもなる。
だってこの∞って、たぶん「上限を超えたからもう表示できません」って意味だ。
つまり雪村さんは、俺のことを一回、100を超えるくらい好きになって、そのまま落ちてないってことになる。
そんなイベント、俺は知らない。
「おはよう、春川くん」
雪村さんが、本から目を離さずに言った。たぶん俺が見てるのを感じたんだろう。声は小さいのに、はっきり届く。
「……おはよう」
「今日も、見えてる?」
一瞬だけ、視線がこっちに来る。黒目がちの目。そこに「∞」は出てない。俺にだけ見えてるやつだ。
「見えてる。ずっと∞のまま」
「そっか。……よかった」
「よかったって何が」
「下がっちゃってたら、ちょっとさみしいから」
さらっと言うけど、その台詞の意味は重い。
普通、好感度って下がる前提でみんな生きてる。
「今日怒られたからちょっと−5だな」とか「テスト教えてもらえたから+10だな」とか。
でも雪村さんは、**“下がるかもしれない”**のほうを怖がってる。
「下がる可能性あった?」
「あったよ。……もし、もう一度わたしのこと忘れてたら」
「……忘れる?」
その言葉が、胸に引っかかる。
そのときだ。前の席から身を乗り出してきた茜が、すごい顔で囁いてきた。
「ねえねえ、ゆきむらさんは?何点??」
「……」
俺はちょっと迷ってから、正直に言った。
「∞」
「はああああああ!?ずるくない!?なにそれ!?数字じゃないじゃん!」
「いや俺も言っててずるいと思ってるよ」
「てかさ?私が78でさ?あの子が∞ってことはさ?」
茜がずいっと顔を近づける。雪村さんまではまだ聞こえない距離。
「春川、あの子に一生分の恩でも売ってる?」
「……さぁな」
ほんとは“さぁな”じゃない。
なんかあったんだろうな、ってのは分かる。
だって彼女は今の会話で「もう一度忘れたら」って言った。
“もう一度”ってことは——一回目があったんだ。
でも俺には、その“一回目”の記憶がない。
(小学校のときか……)
ぼんやりと、体育倉庫のにおいとか、雨の日の図書室とか、断片だけがよぎる。けど形にはならない。思い出せないまま、チャイムが鳴った。
HRが始まって、担任の霜田がやってくる。
「はーい新クラスになって二日目〜。みんな仲良くしようね〜。喧嘩したら好感度下がるよ〜」
言うな、数字のこと。
俺以外見えないんだから。
でも雪村さんは、ふっと笑って、また本に視線を落とした。
あの∞は、やっぱり1ミリも動かない。
——いいな。
何をしても下がらない人、1人くらいいたら。
そう思ったのを、俺は見えてないふりをして、教科書を開いた。
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