おかえりの声

 玄関を開けると、「おかえりー!」と元気な声がした。

 リビングから妹のひながお菓子を食べながら顔を出す。


「今日も遅かったね、お姉ちゃん」

「うん、部活でね。お母さんは?」

「まだ帰ってないよー」


 いつもの風景。

 テレビの音、夕飯のカレーの匂い。

 私は制服を脱いで、ソファに座った。


「ねぇ、ひな。学校どうだった?」

「ふつうー。あ、でも今日ね、黒板にって書いてあったの」

「誰が?」

「わかんない。でも、誰も消さなかったよ。なんでだろ?」


 なんだか背中がひやりとした。

 カレーをよそってくれるひなの後ろ姿を見ながら、ふと思う。


 ──あれ、そういえば。


 ひなは、去年の冬に……。


「ねぇ、ひな」

「なに?」

「……その服、まだ着てたんだね」

「えへへ、これ好きなの」


 私の声が震えた。

 そのセーラー服は、葬式のとき、ひなに着せた最後の服だった。

 振り向いたひなが、にこっと笑う。


「おかえりって、言いたかったの。お姉ちゃん、最近元気なかったから」

「え……?」


 カレーの匂いが消えていく。


「お姉ちゃん、今までありがとう。でもね、ひな、そろそろ行かないと」

「待って!」

「ばいばい、大好きだよ」


 ひなが消滅した。

 そうだ。


 ひなは──もう死んでいたんだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る