第十二話「氷盾の凱旋」
マルコム侯爵の屋敷にリアムが率いる騎士団が突入し、全ての騒動が鎮圧されたのはそれから間もなくのことだった。
侯爵は国家反逆罪および希少Ωの不当拘束の罪で、その場で逮捕された。彼の派閥もこれを機に一掃されることになるだろう。
俺はリアムに付き添われ、彼の屋敷へと戻った。
地下牢での出来事が、まるで遠い昔のことのように感じられる。
屋敷の使用人たちは泥だらけで帰ってきた俺たちを見て、息を飲んだ。だが誰一人余計なことは聞かず、すぐさま風呂の準備や温かい食事の用意を整えてくれた。
湯船に浸かると、ようやく体の力が抜けていくのを感じた。
生きている。
リアムの隣に戻ってこれた。
その事実が、じわじわと胸に広がっていく。
風呂から上がると、リアムの部屋に呼ばれた。
暖炉の火がぱちぱちと音を立てて燃えている。彼は椅子に深く腰掛け、俺が来るのを待っていた。
「……怪我は、ないか」
「はい。俺は大丈夫です」
「そうか」
沈黙が、部屋を支配する。
気まずい沈黙ではない。お互いの存在を確かめ合うような、穏やかな沈黙だ。
「……カイリ」
不意に、彼が俺の名前を呼んだ。
「お前に、謝らなければならないことがある」
「謝る?」
俺が、きょとんとして彼を見ると、彼は真剣な目で俺を見つめ返した。
「俺はお前を『番』だと言いながら、お前の気持ちを全く考えていなかった。ただ自分の所有欲を満たすためだけに、お前を縛り付けていた。……すまなかった」
彼は静かにそう言って、頭を下げた。
俺は慌てて彼のそばへ駆け寄った。
「やめてください、頭を上げてください、リアム!」
「だが……」
「俺の方こそごめんなさい。あなたの気持ちも考えずに勝手な行動をとって……。あなたを危険な目に遭わせてしまった」
俺たち二人は、お互いに不器用だったのだ。
愛し方を知らず、求め方を知らず、ただ傷つけ合うことしかできなかった。
でも、もう違う。
俺は彼の前に跪くと、そっと彼の手を取った。
大きくてごつごつした剣士の手。でも、とても温かい手。
「リアム。俺、あなたのそばにいたいです。あなたの、本当の番に、なりたい」
俺の言葉に、彼の青い瞳が大きく見開かれた。
そしてその瞳から一筋の雫が、静かにこぼれ落ちた。
俺は初めて彼が涙を流すのを見た。
『帝国の氷盾』とまで呼ばれた鉄の男が、俺の前で泣いている。
彼は俺の手を強く、強く握り返した。
「……許されるのだろうか。俺のような男が、お前の隣にいることを」
「許すのは俺です。そして俺は、あなたがいい。あなたじゃなきゃ、だめなんです」
俺の言葉が、彼の最後の躊躇いを溶かしたようだった。
彼は椅子から立ち上がると、俺をその腕の中に優しく抱きしめた。
「ありがとう、カイリ」
彼の声は震えていた。
俺も彼の背中に腕を回し、その温もりを確かめる。
もう一人じゃない。
これからは二人で、生きていくんだ。
翌日、マルコム侯爵逮捕のニュースは帝都中を駆け巡った。
同時に、リアム・フォン・アークライト総長が希少な『白銀のΩ』を番として迎えたという噂も、あっという間に広がった。
屋敷には皇帝陛下からの使者が訪れ、リアムの功績を称えるとともに俺の存在を公式に認めるという勅書が届けられた。
これで俺が誰かに不当に狙われる心配はなくなった。リアムが、そして帝国そのものが俺の後ろ盾となってくれたのだ。
全てが解決した。
帝都には平和が戻った。
リアムは今回の事件を解決に導いた英雄として、ますますその名声を高めた。彼の騎士団総長としての地位は、もはや誰にも揺るがすことのできない盤石なものとなった。
氷の騎士の、完全なる凱旋。
その隣には今まで誰も立つことの許されなかった、空白の場所があった。
そしてその場所に、今、俺が立っている。
まだ少し現実味がない。
まるで夢を見ているようだ。
でも隣で俺の手を固く握りしめるリアムの体温が、これが現実なのだと教えてくれていた。
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