第十一話「戦火の中の誓い」
リアム様の腕の中で、俺はただ震えていた。
安堵と後悔、そして彼が自分を助けに来てくれたという喜び。色々な感情がごちゃ混ぜになって涙が止まらなかった。
「……立てるか」
リアム様が、俺の顔を覗き込むようにして尋ねた。その青い瞳には深い安堵と、俺を気遣う優しさが浮かんでいる。俺はこくりと頷いた。
「き、貴様ら……! 私を誰だか分かっているのか! この狼藉、皇帝陛下に報告すればただでは済まんぞ!」
床にへたり込んだまま、マルコム侯爵が見苦しくわめき立てる。
リアム様はゆっくりと彼の方を振り返った。その瞳は、絶対零度の光を宿していた。
「報告するがいい。だがその前に、貴様が帝国法で禁じられている希少Ωの不当拘束、および騎士団総長の番(つがい)に対する加害行為を行ったという事実が、先に陛下の耳に入ることになるがな」
「なっ……つ、番だと……!?」
マルコムが、驚愕に目を見開く。
「そうだ。カイリは俺の番だ。貴様は帝国で最も怒らせてはならない相手に、手を出したんだ」
リアム様は、はっきりとそう言い切った。
その言葉に、今度は俺が驚いて彼を見上げた。『俺の番だ』と彼は言った。それは今までのような所有を宣言する響きとは違っていた。もっと確固たる、誇りのようなものがその声には含まれていた。
リアム様が剣を構える。
その時、地下牢の入り口から武装した兵士たちがなだれ込んできた。マルコムが最後の悪あがきに、残りの手勢を呼び集めたのだろう。
「やれ!奴らを殺せ!」
マルコムの号令一下、兵士たちが一斉に俺たちに襲いかかってきた。
リアム様は俺を背中に庇い、一人で兵士たちを迎え撃つ。彼の剣技はもはや芸術の域に達していた。舞うように剣を振るい、次々と敵を打ち倒していく。
だが相手の数が多すぎる。
じりじりと、俺たちは壁際に追い詰められていく。リアム様の額にも汗が浮かんでいた。
このままではリアム様が危ない。
俺のせいで彼を危険な目に遭わせるわけにはいかない。
『俺に、できることは……』
その時、脳裏に森での魔獣との戦いが蘇った。
あの時、俺のフェロモンがリアム様の力を増幅させた。
怖い。
自分の力を解放するのは。
また誰かの欲望を煽り、争いの火種になってしまうかもしれない。
でも、今は。
この人だけを守りたい。
俺のために命を懸けて戦ってくれている、この人を。
俺は覚悟を決めた。
ずっと蓋をしてきた心の奥深くにある泉。その栓を、自らの意志で引き抜いた。
俺の体から、甘く清らかな香りが奔流のように溢れ出す。
それは月の光を集めて編んだような、白銀の香り。
そのフェロモンを浴びた瞬間、リアム様の動きが一瞬だけ止まった。そして彼は振り返り、驚いたように俺を見た。
「カイリ……お前……」
俺は彼に向かって、力強く頷いた。
「……行ってください。俺が、あなたの盾になります」
俺の言葉に、リアム様の口元がふっと緩んだ。それは俺が今まで見た中で、一番優しく愛しさに満ちた笑みだった。
「……ああ。最高の盾だ」
次の瞬間、リアム様のオーラが爆発的に膨れ上がった。
俺の『白銀』のフェロモンが、彼のαとしての力を極限まで引き出しているのだ。
彼の姿が再び戦場から掻き消える。
閃光が何度も、何度も暗闇を切り裂いた。
兵士たちの悲鳴が断続的に響き渡る。
それはもはや戦いではなかった。
一方的な、蹂躙。
絶対的な強者の前で、兵士たちはなす術もなく倒れていった。
やがて地下牢に、静寂が戻った。
立っているのはリアム様と俺と、そして腰を抜かして震えているマルコム侯爵だけだった。
リアム様がゆっくりと、こちらへ歩み寄ってくる。
俺はまだフェロモンを放出したままで、少しクラクラしていた。
彼が、俺の体を優しく支えてくれる。
「……よく、頑張ったな」
彼の声が、頭上から降ってくる。
俺は彼の胸に顔をうずめた。
「リアム、様……」
「リアムでいい」
彼は、俺の髪をそっと撫でた。
「お前は、俺の番なのだから」
「……リアム」
俺が彼の名前を呼ぶと、彼は愛おしそうに俺の体を強く抱きしめた。
戦火の中で、俺たちの心は初めて本当の意味で一つになった。
これは所有の証じゃない。
支配の誓いでもない。
互いを守り、支え合うための魂の誓い。
俺とリアムの新しい関係が、この瞬間始まったのだ。
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