ENTRANCEの不審者

 十月も半ばに差し掛かったある日のこと。


 佐久間が大学から帰宅し、マンションのエントランスに入ると、不審者がいた。

 もとい、神谷だ。

 神谷が集合ポストを覗いている。


「何してるんですか」

「ぇあっ! 痛ッ! 佐久間くん」


 人の気配に驚き、神谷は慌てて振り向いた。

 予想以上の大きな反応に驚き、思わず佐久間もたじろいだ。


「ちょっと! 指ぶつけたんですけど! ポスト!」

「いやいやいや……」


 普段と違う神谷の様子に、佐久間は静かに引いていた。よほど痛かったようだ。


「何してたんですか?」

「は?」

「今、ポスト覗いてましたよね」


 エントランスに設置された集合ポストはタイプのもので、マンションの内側から郵便物を取り出す仕様になっている。投函口があるポストの表面に、扉は付いていない。


 住人は、オートロック式の自動ドアを解錠して建物内に入ったあとに、集合ポストの背面側にあるポストルームに入り、自分の部屋のポストの扉を開けて、投函された郵便物を引き取る。もちろん、扉にも鍵が付いている。

 また、投函口はかなり細く、指や腕を入れて荷物を抜き取ることはできない。


「あぁ――。郵便物が届いていないかなって」

「そこ、神谷さんの家かみやさんちじゃないですよね?」


 神谷と佐久間が住む、二階の部屋のポストは下部に設置されている。神谷は背筋を伸ばし、集合ポストに張り付いていた。明らかに、上階の部屋のポストを覗こうとしている仕草だった。


「うっかりしていた」

「いや、うっかりしないでしょ」

「あ、間違いでうちのポストに入っていた郵便物を入れてあげたんだよ。ちゃんと入ったか最後に確認したんだ」

「『あ』って何ですか、『あ』って。絶対今思いついたでしょ。それによその家のポスト覗くの失礼でしょ」

「確かに」

「確かにって」


 誰がどう見ても挙動不審だった。つい声をかけてしまったものの、佐久間も、どうしたらいいのかわからないでいる。


「わかった――。ちゃんと説明する」


 観念した神谷は、ポケットからiPhoneを取り出した。何かを打ち込んだ後、iPhoneの画面を佐久間へ見せた。画面には、


『ここでは話せない。三十分後に最寄りのダイスへ来てくれ』


と書かれている。


 神谷が指定したのは、ここから歩いて約十分の場所にあるカフェ、"Dice of the God"だった。

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