LIVING Room 《佐久間×七尾》
自分の食事が済んだ後、ひと眠りすると言って、神谷は自室へ帰って行った。
ダイニングに一人、残された佐久間も食事を終えた。
椅子から立ち上がり、完食して綺麗になった食器をカウンターの返却口に返す。厨房の奥に後藤の背中が見えた。
共用のダイニングスペースは一階の奥に位置しており、ここから移動するには、手前にあるリビングスペースを必ず通過することになる。
エレベーターへ向かう途中、佐久間はなんとなく、リビングの本棚が気になり立ち止まった。
小説から実用書まで多種多様で、絵本も置いてある。建築物の写真集のようなものも置いてあり、おしゃれなカフェってなんで建築関係の本が置いてあるんだろうと、ふと、佐久間は疑問に思う。
天井から吊るされた数個の淡い暖色のランプが、リビングを照らしている。圧迫感を感じない、背が低めの本棚が並んでいる。蔵書は意外と多く、狭いスペースをうまく活用しているようだ。
表紙を見せてディスプレイできるシェルフに、佐久間の知っている本があった。
アガサ・クリスティ―の『そして誰もいなくなった』。佐久間が、人生で初めて読破した推理小説だった。
佐久間の実家に置いてあるのと同じ、早川書房クリスティー文庫の『そして誰もいなくなった』を手に取る。ページをぱらぱらとめくると、古い本の匂いに、胸の内から懐かしさが込み上げてくる。
奥付のページを開くと、ペンで"M.S."とイニシャルが書いてあった。
――なんで、これがここに?
その時、物音がした。
本棚の後ろに造られた小さなコワーキングスペースから、203号室に住む
目が合ったので佐久間は軽く会釈する。
「かわいい髪型してんじゃん」
「さっきまで寝てました」
佐久間は包み隠さず正直に告白した。
七尾は女性の中でもかなり小柄な方だが、どこか威圧感があり、年下の佐久間にとって最初は話しかけにくい存在だった。
この一か月間、すれ違いざまに会釈をするうちに、七尾から佐久間に声をかけてくるようになった。
肩まで伸びた髪を、大きなヘアクリップ一つで器用にまとめ上げ、首にヘッドホンをかけている。周囲の音を遮断して仕事していたようだ。
「佐久間くんさ」
「はい」
「ここがホームだから、そういうラフな格好なの? それとも常にそんな感じ?」
「常にですかね」
「ふうん。イケメンで背も高いんだから、もっとおしゃれに挑戦したらいいのに。もったいない」
「よく言われます」
「イケメンなことは否定しないんだ」
七尾は可笑しそうに笑う。嫌味のない人懐っこい笑い方。ところどころ威圧的に感じる物言いも、クールな面持ちに反して気さくが所以で、佐久間は嫌いじゃなかった。
一方の七尾も、飾らない佐久間のことを人として気に入っている。
「言われるんで。でも、自分の外見に興味なくて」
「あーわかる。そんな感じするもん」
「むかし、『私があなたを磨いてあげる!』って、一時期、女性の先輩につきまとわれたことがあって。オシャレってちょっと怖いんですよ」
「いるよねー、原石好きの女。自分が育ててスパダリイケメンにしたがんの」
「男にもいますね」
「そうね。でも男の人って『俺がプロデュースしていい女にする!』系より、原石のままでいてほしいって感じ多くない? 『永遠に、自分だけのあの子』みたいな」
「確かに。そういう人もいますね」
「お。ぼくは違いますってか」
「多分。そういう趣味嗜好の自覚はないですね」
「ほーん。……あ、でもさ、それはその女に怖い思いをさせられただけであって、オシャレ怖い、じゃなくない?」
突然話が引き戻されたが、七尾の意見は正論だった。
「ぼくにはそっち方面のセンスないんです」
「センスはあると思うよ。適当に選んでるっぽいけど、組み合わせが上手だから品がある。だらしなく見えない」
「ありがとうございます」
思わぬところを褒められ、佐久間は素直に嬉しかった。
「ユニクロに感謝です」
「素材そのままで困難なく生きていけることに感謝しな」
「あとで親に感謝のメッセージ送っておきます」
「やっぱアンタ、面白いよね。いい性格してるわ」
愉快そうに笑って七尾は再びコワーキングスペースに戻って行った。
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