DINING Cafe 《佐久間×後藤×神谷》

「あら、おはよう。これ佐久間くんの」


 料理人の後藤ごとうが、厨房とダイニングスペースを仕切るカウンター越しに、佐久間に声を掛ける。カウンターの上で滑らかに配膳盆の受け渡しが行われた。


「ありがとうございます。……どうして『おはよう』なんです?」

「違った? いかにも寝起きって顔してるから。あと、耳の後ろに寝ぐせアリよ」

「ああ……。後藤さんには何でもお見通しですね」

 後藤がウインクを飛ばした。おちゃめな人だと佐久間は思った。


 佐久間がここに住んで最初に打ち解けたのが、料理人の後藤だった。

 初対面で挨拶をしたときに、「わたしのことは、どこにでもいるちょっとお節介なおばちゃんとでも思って」と言われたが、彼女は、毎日の献立から調理まで一人でこなすプロの料理人だ。


 多忙を極めていた佐久間が、この一か月間、身体を壊すことなく健やかに日々を送れたのは、後藤による食事面でのサポートがあったおかげと言える。


 ダイニングテーブルには先客がいた。


「『おはよう』。佐久間くん」

「神谷さん、今日はここで食事なんですね」

「自分で作る料理にも飽きてしまったからね」


 202号室の神谷かみやだ。

 胸元に小さくブランドロゴが刺繍されている白の開襟シャツを、爽やかに着こなしている。最近、美容室へ行ったばかりなのか、襟足が整えられ、髪型はツーブロックになっていた。


 神谷とは、よく一階のダイニングで顔を合わせるが、先週は会っていない。佐久間が研究に没頭していたこともあり、神谷との再会はなんだか久しぶりに感じられた。


 距離を開けて座りたかったが、不自然に思われないよう、神谷の向かいの席に着席する。


「いただきます」

 佐久間は手を合わせ、小声で呟いた。


 緑黄色野菜がふんだんに使われた色とりどりのサラダボウル。サイコロ状にカットされたスモークチキンが、食欲をそそる。

 数種類のきのこが入った味噌汁は湯気を立て、出汁の香りが鼻の奥にふわっと薫る。


 何の出汁が使われていて、何のきのこが入っているのか。佐久間にはわからなかったが、後藤の料理が「絶対美味しい」ことは、間違いない。


「佐久間くんよ、後藤さんの盛り付けは本当に美しいと思わないか? オシャレで、味付けはどこかノスタルジック。これがもしや家庭の味ってやつなのかな?」

「そうですね。うちの家族でこんな料理をつくれる人はいないですけどね」

「佐久間くんのお母様は、料理が苦手なのかい?」

「母もですが、父も全然です」

「そうか。うちの母は料理上手な人でね。おれの中で母の味を超える人はいないけど――後藤さんの料理は世界で三番目に美味しいよ!」

 後半は厨房に居る後藤に聞こえるように、わざと声の音量をあげた。


「二番目は誰なのよー!」すぐに厨房から後藤の声が飛んでくる。

「おれの大事な人ー!」

「はいはい」笑って神谷をあしらう。


 厨房とダイニング、合わせてたったの三人しかいなかったが、寝起きの佐久間にとっては、目が覚めるような賑やかな食事の席となった。


「佐久間くん、大学はこの近くだっけ?」

 唐突に神谷が雑談を振る。

 神谷が想定しているのは、一番近くの立地の私立大学だと佐久間は察した。


「近くではないですね。電車で通学してるんで」

「そうなんだ。てっきり大学が近いからここを選んだのかと」

「交通手段さえあれば通学はどこからでもできます。それに、大学の近くに住むと溜まり場になっちゃうでしょう」

「それもそうだな」


 大学のことはなるべく人に話したくない。居心地が悪くなった佐久間は神谷に質問し返した。


「神谷さんは、どこの大学出身ですか?」

「K大学だよ」

「そうなんですか?」

 予想外にも、神谷の出身大学は、誰もが知る超難関国立大学だった。

 佐久間は思わず顔をあげた。


「そうそう。最近よくテレビに出ている御手洗みたらい教授いるでしょ。あの教授の授業受けてたよ」

「そうなんですね。なんか意外です」

「佐久間くんさ、おれのこと、チャラいイケイケの青年実業家だと思ってるでしょ?」

「イケイケとは思ってませんけど、なんかチャラいなーって」

「真面目かよ! そこは適当に『そうですね』って言っておけばいいんだよ!」

「そうですね」

「今じゃないよ!」


 神谷の盛大なツッコミが、ダイニングに響き渡った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る