第一幕 ようこそユートピアへ

205号室

 佐久間さくまが〈ル・フェルニッシュ〉に入居して一ヶ月が経った。


 夏休みの間に荷物を運び終え、引っ越しはとうに完了していたが、未開封の段ボール箱をいくつか、部屋の隅に寄せている。


 サマーバケーションとは名ばかりで、大学の研究室に住み着いているようなものだった。短時間の睡眠に、五分で済ませる食事。目まぐるしい日々がやっと一段落した。

 一段落したころで、大学では間もなく後期が始まる。佐久間の夏休みが、終わろうとしていた。


 昨日は夜更けに帰宅して、明け方ごろ、新居のベッドでゆっくり深い眠りに落ちた。


 着古してパジャマにしているカーキ色のTシャツをベッドに脱ぎ捨て、新品のコットン無地の黒いTシャツに袖を通す。 

 佐久間のクローゼットは、ほとんどがユニクロで買った服で揃えられている。デザインに清潔感があり、着心地が良く、物持ちが良いところを気に入っていた。


 今日は一階のカフェスペース――住人からはダイニングと呼ばれている――で夕食の予約をしている。事前予約制で、格安で食事を提供してくれるシステムになっている。


 部屋に備え付けられたキッチンで自炊することも可能だが、とにかく、誰かが作った栄養のある料理が食べたかった。

 朝食はなるべく食べるようにしていたものの、夕食の予約をしたのは約二週間ぶりのこと。


 自分のように衣食住のセンスのない人間が、煩雑なことに悩まされず、快適に過ごすことができるシステムはありがたい。ましてや、稼ぎの少ない大学生が単身で住むには、ここは、高級過ぎる。

 そんな風に佐久間は考えていた。


 時刻は夜の七時。

 205号室の玄関に鍵を掛け、一階へ降りる。

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