第4話 藁小屋にあったもの

 森の植生が変わったのだろうか。足元をびっしりとおおっていた木の根は、すっかりなくなり、俺は逃げ出しやすくなった。疲れた体に鞭を打ち、あらん限りの筋肉をフル稼働させて、草のまばらな地面を駆け抜けた。

 獣人たちの怨嗟えんさの声を背後に聞く。

 樹々の合間から、月光が照らし出す森のけもの道を駆け抜ける。

 すると、小屋を見つけた。

 わらで作った粗末な小屋で、まるでイソップ童話に出てきそうな代物で、オオカミの一息で吹き飛んでしまいそうだ。声こそ遠くなったものの、奴らはまだ追ってきている。どうせ打ち捨てられた小屋だ。身を隠すにはちょうどいいかもしれない。

 荒い息をつきつつ、俺は崩れかけた扉を開き、中へと進んだ。


 ひどい臭いがした。床は赤黒く染まり、黒ずんだ肉のようなものが散乱している。臭いの発生源はきっとそこだ。無造作に、出刃包丁が転がっている。どうやら、中に入ったのは失敗だったようだ。この小屋はまだ使われて新しい。ここは間違いなく奴らの縄張りだ。

 出ようとした矢先、あるものが目に飛び込んできた。全身が凍りついた。それは、よく知っている人物のもの。ここにあってはならないもの。存在してはならないものだった。

「う、う、嘘だ」

 下アゴが震えていた。まともに発声ができない。口が乾いて舌が上顎に張り付いている。

 古びた木材で作られた棚。その中に人間の頭部があった。歪みきった顔からは壮絶な死を迎えたと見られる。まるで生きたまま切り取られたというような。

 オールバックになでつけた頭。丸い瞳。突き出た鼻。そして、彼が愛用している特徴的な銀縁のメガネ。間違いなく、八木崎係長の頭部だった。


 俺は力が抜けて、その場に膝立ちになった。固く土汚れた床板に膝が食い込む。

 ぶひひ。ふごおお。

 気がついた時には遅かった。ガタン! 建物が崩れてしまうほどの激しさで扉が開かれた。

 夜風とともに、その悪臭が小屋の中に広がった。

 背後には、獣人の姿があった。

 ぶひひ。ふごおお。

 息切れひとつしていない。奴らの体力は無尽蔵なのか。にやにや笑いを浮かべてじわじわ距離を詰めてくる。完全に囲まれた。豚、ロバ、犬……。無数の顔という顔に囲まれる。やつらの手が一斉に伸びてくる。

 やだ!

 やめてくれ! 助けてくれ!

 大声で叫んだ時、豚の手が俺の肩に触れた——いや、違う、他の誰かが揺すっているのだ!

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