第36話 #星降る夜とすれ違う想い

 放課後の教室には、昼間の熱がまだ残っていた。

 「告白練習会」のあと、笑い声と冷やかしが長く続いたせいか、

 空気の中に少しだけ“照れ”の粒子が漂っていた。


 机を片づけながら、俺は小さくため息をつく。


 ――やっちまったな。

 「本番なら七瀬だ」なんて言葉、勢いにしても重すぎた。

 それをどう受け止めたか、本人には怖くて聞けない。


 ひよりは、まだ何も言っていない。

 ただ、あのあと少し笑って、

 「練習って便利ですね」とだけ言った。


 ……あれ、どういう意味なんだろうな。


 夜、StarChatを開くと、また見慣れたタグが浮かんでいた。


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StarChat #放課後の告白練習会

【校内ウォッチ】

「真嶋&七瀬の“練習=本番説”が確定へ!?」

コメント:

・「#ついにカップル誕生?」

・「#先生もニコ生で解説希望」

・「#青春劇場」

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「……お前ら、何見て生きてんだよ」

 苦笑しながらスマホを伏せた。

 けど、少し胸の奥がざわつく。

 “練習”が“本番”に聞こえたのは、俺のせいか。

 それとも――俺自身が、もうどっちかわからなくなってるのか。


 翌日。

 昼休み、教室にひよりの姿がなかった。

 ノートとペンだけが机の上に置かれている。

 悠真が横で言った。

「七瀬、図書室じゃね?」

「なんでわかる」

「お前の視線が探してた方向が図書室」

「探してねぇし」

「はいはい。早く行けよ」


 からかわれるまでもなく、足が勝手に動いていた。


 図書室は、いつもの静けさだった。

 ページをめくる音と、風の通り道の音。

 窓際の席に、ひよりがいた。

 手元のスケッチブックをじっと見つめている。


「……よう」

「蒼汰くん」

「なんか、元気ないな」

「少しだけ……考えてて」

「また“誤解研究”か」

「いえ。今度は“本音研究”です」

「は?」


 ひよりがスケッチブックを開く。

 そこには、昨日のステージの絵――向かい合う二人。

 でも、線が途中で止まっている。


「昨日の“練習”、描いてみたんです。

 でも、完成しませんでした」

「どうして」

「どこまでが“練習”で、どこからが“本当”なのか、

 わからなくなってしまって」


 その言葉が、やけに真っすぐ胸に刺さった。


「俺も、わかんねぇよ」

「蒼汰くんでも?」

「俺だから、だな。

 俺、いつも誤解されて、それを笑って済ませてきたけどさ。

 本当のこと言うの、怖くなってんだと思う」

「怖い?」

「うん。伝えた瞬間に、壊れる気がして」

「……私も、少しだけわかります」


 ひよりが微笑む。

 でも、その笑顔は、どこか泣きそうだった。


「私、蒼汰くんの“練習”の言葉、嬉しかったです。

 でも、あのとき“まだそうじゃない”って言葉も思い出して、

 どっちが本当なのかわからなくなってしまいました」


「……それは」

「ごめんなさい。私、ちょっと整理ができなくて」


 そう言って、ひよりは席を立った。

 ページの間に小さな紙切れを挟んで。

 俺が声をかける前に、扉が静かに閉まる音がした。


 残された机の上に、その紙が落ちていた。

 メモ用紙の隅に、小さな文字。


“私の誤解が、あなたを傷つけませんように。”


 胸の奥がきゅっと縮んだ。

 その一文だけで、どれだけ彼女が悩んでいたか、

 全部伝わってしまった。


 夜。

 スマホを開くと、StarChatがまた騒がしい。


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StarChat #星降る夜とすれ違う想い

【校内ウォッチ】

「ひより、放課後に一人で帰る姿を目撃」

「真嶋、追わず。」

コメント:

・「#すれ違い確定」

・「#恋の小休止」

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「……観察やめろって」

 でも、誰かが気づかないと、

 この“すれ違い”は本当に遠くへ行ってしまいそうで怖かった。


 その夜、外に出た。

 風が冷たい。

 夏の終わりの星空が、驚くほど明るい。


 ふと、スマホが震える。

 通知――“七瀬ひよりから音声メッセージ”。

 珍しい。


『蒼汰くん。今夜の星、きれいですね。

 でも、私は少しだけ曇って見えます。

 きっと、心が揺れてるからだと思います。

 ……もう少しだけ、整理させてください。

 また、話したいです。』


 声は柔らかくて、少しだけ震えていた。


「……ああ、やっぱずるいな」

 星空を見上げながら、俺は呟く。

 きっとこの“すれ違い”は終わりじゃない。

 むしろ、次に本当の言葉を言うための、

 少し長めの“溜め”なんだと思う。


 夜空に、流れ星が一つ落ちていった。

 願いごとを言う前に、俺の口が先に動いた。


「――誤解でもいいから、もう一度、会いたい」

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