落とし物を追いかけて、その先

@gagi

落とし物を追いかけて、その先

 10月31日。


 時刻は19時を過ぎた頃。


 地元の繁華街の交差点。


 ネオン広告の下でツレの吉田と待ち合わせていた。


 手をだらんと前に伸ばして、首を傾げてぼうっと待つ。


 すると高校で同じクラスの女子二人が、猫耳をつけて俺の前を通った。


 俺はすかさず二人に声をかける。


「ねえ! 俺に噛まれて一緒にゾンビやらない?」


 二人が振り向く。


「うわ、キモいと思ったら不二くんじゃん。本物のゾンビかと思ったわ」

「見た目も発言もキモいねぇ不二くんは。一緒にゾンビはいやかなぁ」


「残念。ところでさ、吉田みた?」


 女の子たちが「知らなーい」「見てないよー」と答える。


 俺は「ありがとう」と言って二人を見送った。


 立ち去る女の子たちが「不二くんクオリティ高すぎ」とか「てかゾンビだったら不二くん仮装いらないじゃん」とか言いながら笑ってはしゃぐ。


 俺はその後ろ姿を眺めてニヤニヤした。


 そして再び、手をだらんと前に伸ばして首を傾げる。





 俺はハロウィンが好きだ。ゾンビの仮装が大好きだ。


 それは俺の外見に由来する。


 俺は昔から痩せていて、肌色や顔色が悪かった。


 ゾンビのように、だ。


 そんな俺がゾンビの仮装をするとツレどもがいじる。『メイク必要なくね?』とか『リアルバイオハザード始まったかと思ったわ』とか。


 俺はそういういじりをされると、嬉しくなってニヤニヤしてしまう。


 だから俺は、毎年ハロウィンの日にはゾンビの仮装をする。



 小学生の頃にはトリック・オア・トリートもやった。


 別にお菓子が欲しいわけじゃない。


 俺は当時、隣の田津見さん家にいた大学生のおねーさんが、その、気になっていた。


 そのおねーさんに構って欲しくていたずらをした。


 一人じゃ恥ずかしいから吉田と、別の高校に行った佐藤を巻き込んで田津見さん家に押し掛けた。


 田津見さん家の猫の唐草Ⅰ世(名前は唐草模様の首輪から)を抱きかかえ、チュールを突きつける。そして言う。『デブ猫にされたくなきゃお菓子をよこしなぁ!』と。


 ねこ質を取るなんざ、獰悪なクソガキだった。


 猫を抱えた俺たちを見て、田津見さんは大抵苦笑した。


 そして俺たちに猫用のボーロを差し出す。


 ボーロは俺と吉田と佐藤と、田津見さんと猫で食った。


 流石に高校生になってからは、トリック・オア・トリートはやってない。





 吉田との約束は19時で、今は19時半だ。


 遅せーな。と思っていると、背後から頭部をどつかれた。


 振り向くと吸血鬼の仮装をした吉田がいた。不機嫌そうな顔をしている。


 さんざん待たせやがって。不機嫌はこちらだが?


「痛てーな。てか遅せーよボケ」


「ボケはテメーだ。電話くらい出ろアホ」


 吉田の言葉に「電話?」と俺が聞き返す。


 なんでも吉田は俺に電話をガンガンしてたらしい。佐藤や他の中学のダチと商店街のドンペン前にいるからお前も来いと。


「電話なんて一度も鳴ってないけど」


 そう言ってポッケをポンポンしてから俺は気づいた。


 やべ、スマホ落としたくね?


 俺は吉田のスマホから俺のスマホの位置を探すよう頼んだ。


 俺は度々スマホをなくす。その度に吉田のスマホで探していた。


 吉田が嫌そうにしながら普段の手順でスマホを操作する。


 表示されるマップ。

 

 スマホは俺の家がある住宅街にあるようだ。


 そして、今も動いてる!


「吉田、スマホ借りる!」


 俺は吉田からスマホをひったくって、道路の柵に立てかけた自分のチャリに飛び乗った。


 全力でペダルを踏んで「返せ!」という吉田の声を振り切る。


 現在、俺の全財産はスマホの決済アプリの残高だけだ。


 もしも俺のスマホを拾った奴にそのまま盗まれたら、俺は詰みだ。





 チャリで距離を詰めてからも、俺はスマホに辿りつけない。


 マップの位置情報は塀を乗り越え、人の庭を横切り、屋根を伝っていく。


 俺は途中からチャリを降りて画面の位置情報を追いかけた。


 スマホを拾ったのは忍者か? 


 なんて思いながら生垣を飛び越える。


 するとその着地地点、人んちの玄関前に佇む猫。


 もしや、と思った俺はその猫の首根っこを捕まえた。


 正面を向かせる。


 やはり猫の口には俺のスマホ。


 そして、首元には唐草模様の首輪。


 ……唐草模様?


 嫌な予感がして玄関をよく見る。


 表札には田津見とある。 


 ということは、この猫は唐草Ⅱ世!(Ⅰ世は天国にいるよ)


 早く立ち去らねば、と俺は思った。なぜならば――


「不二くん?」


 後ろから声を掛けられてしまった。


 振り向く。


 そこにはスーツ姿の田津見さん。


 瞬間、心拍数が跳ね上がって顔が熱くなるのを感じる。


 未だに俺は、田津見さんの前だとドキドキしてうまく話せない。


 田津見さんの怪訝な視線。


 何か言わないと。


 そう思ってこんな言葉が出てしまった。


「……トリック・オア・トリート。なんて、」


 何言ってんだ俺は! 


 変なこと言った自分に恥じて、さらに顔が熱くなる


 けれど、田津見さんはクスっと笑ってからこう言った。


「ボーロならあるよ。猫用だけど」


 悪くない提案だ。


 ただ、俺一人じゃ恥ずかしい。


 吉田と佐藤がこの場にいたらなと思った。


 


 

 

 


 

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