西暦3000年のディストピア飯
鉛色のイカリ
西暦3000年のディストピア飯
私が不味いと言えば、その店は必ず潰れる。それほどに私の言葉は絶対なのだ。
なぜならば、この時代においては私こそが最強の美食家だからだ。
私の舌は肥えてはいるが、決して高いものしか受け付けないわけではない。安くとも美味しければ私は正直に美味しいと言う。高級レストランだろうが貧相な個人店だろうが素直にレビューする。そのような私の言葉は信じられるとして、多くの者が私を支持している。
もちろん私自身、自分の舌にはとことん自信がある。
だが、どんなに美味しい食事には出会えても、感動するような食事には二十年、出会えていない。
高かろうが安かろうが店を選ばず探し続けるのは、食からしか得られない感動を久々に味わいたいからだ。
そう思い、評価の高い個人店を目指して歩いていたら、突如現れた
「おじさん何歳?」
「38だ」
「まだまだ若いねー」
「君こそ若く見える。何歳だ?」
「17ですけど」
「17……? さっき仕事の休みだと言っていたよな?」
「この年で仕事してるのなんて当たり前ですよ、ニートじゃあるまいし」
まだ「ニート」などという言葉が残ってるんだな……と思いながらも、この未来世界の変わりように驚く。
彼女が言うのは、この時代は西暦3000年。移動技術や通信技術が非常に発達した他、建築技術も大幅に進化。私の時代で言うところの3Dプリンターを使い、一日で建築を終わらせるのが基本。そのせいか、街並みはしょっちゅう変わるという。どうりで、どの建物もやたら新しいと思った。
教育機関も随分と学校制度を変えたようで、大学は14歳までに終わらせるのがデフォルトらしく、大学院まで進んだとしても16歳までだという。そこから社会に出ているらしいのだが、なんと24時間中8時間以上働くのが当たり前どころか、何日も休まずに働くのが普通だというじゃないか。確かに働く時間は大事だとは思うのだが……
「まさか久々に三時間
「そんなに働いていて疲れないのか?」
「うーん、疲れるけど今は
「それで何時間寝るんだ?」
「5分」
「5分!?」
私を拾ってくれた彼女がたった5分しか寝ていないということに、驚きを隠せない私はつい大声でツッコんでしまった。どんな汚い店だろうと黙って食べるというのに。周りから奇異の目で見られている。やや、失敬失敬。
それほど貴重な時間を私のために費やしてくれるとは、彼女も随分と寛大だ。
彼女に頼らずこの時代を探検したいが、1000年も違えばルールも違うだろう。変なことをして逮捕でもされたら困るので、彼女を頼るしかない。
「まー長い人は30分寝たりするらしいけど。そこまで疲れたことはないかなー」
「三大欲求のうちの一つをそこまで短縮するとはな……なら、食事はどうしてるんだ?」
「あー、じゃあ食べてみる? あんま旨いもんじゃないと思うけど」
そう言って彼女が指差したのは「飲食
自動ドアらしき入り口は常に開けっ放しとなっていて、常に人が行き交っている。ほとんどを仕事に費やす忙しい世の中だ、すぐに食べて帰るのだろう。
そこから推察できるのは、「簡単な食事」ということ。
まったく、現代以上に趣の無い時代となったものだ。と、私が既に死んでいる未来に落胆する。
ただでさえ現在は「コスパ」などというつまらない言葉で何もかもをカットし、くだらん栄養バーだのスムージーなどで食事を済ませているというのに。
食事とはエンターテインメントである。味が大事なのは前提として、時間をかけ、味わい、評価することが最大の楽しみなのだ。劇を見たり、本を読むのと同じだ。それを排除すれば人生は空虚なものとなってしまう。
「まー私はA食にしようかな。古代人おじさんは何にする?」
食券機らしき機械には「A,B,C」の文字が書かれていた。
「これはいわゆる……
「古い言い方だけどそんな感じ。Aが5000円でCが2万円ね」
「な、5000円!?」
これまた彼女が言うには、物価としてはこれで安い方とのこと。世界的にインフレが激しくなった結果……とのことだ。ジンバブエドルのようなものだと自分に言い聞かせることにし、とりあえず彼女と同じAを選んだ。
「これまた聞きたいんだが、月の給料は?」
「220万円ぐらいですけど」
「そこそこ仕事があった時の俺と同じぐらいか…」
Aを選んで数秒、その会話をするだけでなんと食券機の下から食事が出てきた。まさか自動販売機のようなものだったとは。
私と彼女はそれを取り、フードコートのようになっている店内で二人用の席を見つける。
さて……こうして机に置くと、なんと質素な食事だろうか。これがいわゆる
「ディストピア飯」だろうか?
銀色のプレートには四つ仕分けられたスペースがあり、それらには赤いペースト、緑のペースト、非常食にある乾パンのようなもの、四粒の白い錠剤、最後に透明な
ゼリーが乗っていた。
まずどう思ったか。
美味しくなさそう。
完全に「食わせよう」という気概を感じられない。いかに不味い料理屋であろうと、見た目ぐらいは美味しくさせようと工夫するはずだ。しかしこれにはそれが
無い。完全に「これが必要だから食え」と、食べる前から急かされているような気分になる。
極み付けはこの透明なゼリー。せめて色があれば違ったのだが、明らかに具材が入っていないのに透明にするとは。これを発明したヤツはさぞかし効率重視のつまらん事業家なのだろう。もし現代に戻ることがあれば、私がこんな未来にさせないよう
未来永劫残る食の本を書かなければ。
「どうしたのおじさん、食べないの?」
「もちろん食べるよ。しかし君はよく食えるな」
「小さい時から食べてるから。この時代の人はこういうのしか食べないよ」
「なんと可哀そうな……。料理の面白さも知らないのか」
「物好きはたまにしてるらしいけどね」
「なら、口直しにあとで探してみるか……」
気が進まないが、彼女の奢りだ。私はスプーンで赤いペーストを掬い、せめてもの抵抗で目をつむりながら一口。
「……は?」
さらに、もう一口。
「……お……おい……」
俺は茫然としながら、さらにもう一口を口に運ぶ。
三度目の正直だ。俺はそれを舌に載せ、舌中の
そして出た感想は
「美味いッッッッッ!!!!!!」
「そーなの?」
「な、な、なんだこの赤いペーストは!? メチャクチャ高い和牛を慎重に焦がさないよう焼いた時と同じ、芳醇な甘みと塩味が来たぞ!?」
「いや、普通にただの
「肉ぅ!? このペーストが!? こんなコンビーフをミンチにした後さらにミンチにしたようなこれが!?」
「まぁ本物じゃなくて
「ご、ごごごごご合成肉!? それでこの美味さ!?」
私は再びそれを口に入れる。口の中を一周させるとかいう前に、入れた瞬間、脳味噌のあらゆる味に関する反応部位がサムズアップするのが思い浮かんだ。
「そうだ、例えるならば……1年間絶食した後に食べる高級ステーキ!!! もう美味しいを通り越して久々の食事という概念に深く感謝の意を持つときの感情!!」
「1年も食べてなかったの?」
「物の例えだ。昨日の夜はちゃんとホテルの三ツ星和牛ステーキを食べたぞ」
「へー、本物の肉かぁ」
「な、なんちゅうもんを食わせてくれたんだ……! こ、こんな美味い肉は……人生で初めて『美味しい』という感覚を感じた時以来だ……! これに比べたら三ツ星ホテルのステーキなんてカスや!」
「私も一度ぐらい食べてみたいな、本物のお肉」
「食うな食うな、あんな硬くてマッズいもん。これ食ってた方が何十倍も何百倍も美味い」
肉というのは噛み締めれば噛み締めるほど味が出てくるものだ。だがこのペーストは違う。一撃で一番おいしい部分を抽出した味を与えてくれるのだ。いかに
「な、ならばこれは!?」
予感は的中した。
「ウッッッッマァァァァァァ~~~~イ」
「ちょっと私も食べさせて」
彼女はスプーンで私のを掬って一口。だが私と違い、彼女はうん、同じだと呟いてスプーンを置いた。
「未来人は随分と舌が肥えてるのか!? こんなッ!!!! 料理の歴史がひっくり返るほど美味いペーストを食って無表情だなんて!!!」
「それでその
「ん~~~~もうっ美味いなんてもんじゃない!!! 舌!!! 舌の芸術!!! 何をペーストにしたのかは知らないが、野菜の持つ甘み、うま味、そして苦みが程よくマージしていて、そのどれもが邪魔していない! 子供が苦手な苦みの主張は激しくなく、言うなれば肉の焦げ程度のもの! そして甘みも好き嫌いが分かれそうなものだが、まるでケーキを食べているかのようだ! うま味はもちろん美味い!!!!」
「はぁ」
「よし! 次はこの乾パン!!! この私を唸らせてみろよ未来人!!!」
ガブリ
「ほああああああああ!!!!! なんだこの味はぁぁぁぁぁ!?!?!?」
「あの、もうちょい静かに」
周りからの視線は冷たいが、私の美食家人生はこれ以上ないほどに温かい。
私は感想を小声で引き続き述べる。
「ミルク……それも超高級ミルクだ。超高級ミルクなんて飲んだことないが……それを使って食パンを作ったようなものだ。見た目は完全に非常食だが、一口食べた瞬間に分かった。これは旨すぎる。店があったらたぶん常時ソアリンぐらいの待ち列で出来る」
「ソアリン?」
次に私は錠剤を口に含み、かみ砕くと芳醇なラムネの甘みが広がった。それと同時に涙がボロボロと溢れ出てきた。
幼い頃、私がまだ美食家になろうなどと思っていなかった時代。買い物に行って親にねだって買ってもらったラムネの記憶が不意に浮かんできた。私が特に好きだったのはノーマルの味のラムネだ。幼心にそれが一番の御馳走だったことを、今この瞬間に思い出した。
「そんな泣くほど?」
「母さん……元気にしてっかなぁ」
最後に残ったのはあの透明なゼリーだ。先ほどはあれほど罵倒してすまなかった。私が悪かった。罪悪感を胸にそれをいただく。
「……プリンだこれ」
「プリン?」
どこからどう見てもゼリーだが、味は完璧にプリンであった。もちろん、コンビニで買えるような安いプリンの味ではない。それこそ牧場限定で売られているような、現地で作られている材料を使った高級プリン、よりも美味い。正直これほどに美味しいプリンを食べたことが無いので形容しがたいのだが、味蕾の一つ一つがすべて甘みを感じるように変換されたかのようにこのプリンを求めている。
私が無心に食べていると、銀のプレートはすっかり平たくなってしまっていた。
まだだ、まだ足りない……
私は銀のプレートを戻し、再びあの自販機へと向かう。
「あっ、ちょっとダメだって! 昼の食事は一人一回のみって法律で決まってんの!」
私よりも華奢な彼女の力では私は止められない。Cを、2万円もするCを食べなければ……
そこからの記憶はあまり無い。よほど求めていたのか、無心にCだのBだのうわごとのように呟く亡霊のようだったという。最終的には周りの人らに抑えられ店から追い出されてしまった。
「まぁ、夜時間ならまた食べれるから」
「Cを……Cを食べたい……! Cはどんな感じなんだ!?」
「んー……色と量が違うだけであんまり変わんないけど」
「構わない! それで夜時間まであとどのぐらいだ!?」
「5時間」
「待てない!!!」
5時間も焦らされたら、禁断症状で死んでしまいそうだ。あれほど美味しいものに出会えたのにこれ以上食べられないだなんてあり得ない。それこそ自分で作れたら……
「そうだ! レシピブック! 君、このあたりに本屋は!?」
「え? 本屋?」
彼女の何それ?というような顔を見せた。そうか、1000年後なら本屋も潰れているか。きっと全部電子書籍となっているんだろう……
「駅にあるけど」
何それ、当たり前じゃんという顔だったらしい。
私は早速本屋でレシピブックを漁った。だがそこらにあるのは現代的な料理本ばかり。ハンバーグにはゼラチンを入れろだとか、どうやればオムライスがフワフワになるのかといったどうでもいいものばかりだ。そんな旧態的な料理ではなく、最新鋭の超未来料理を作りたいのだ。
「これとかあったよー」
彼女が私にくれたのはレシピブックではなく、科学と工学の本だった。
「なぜこの本と?」
「料理は食材を使うもの、食物印刷機で作るものは料理のカテゴリに入らないの」
あんなに美味しいのに、料理ではない……? 未来の価値観は実に先鋭的で素晴らしいと思った。
グルタミン酸の純粋な結晶化、味覚を刺激する技術、脳に直接うま味を与える機械工学、まるで高級料理を食べているかのように錯覚させる分子構造の動かし方……そして、この技術を発明した人物や組織の情報。ついでに5分で寝られる仕組みの本。
これほどあれば問題ない。私はとりあえず気に入った10冊の本を手にした。
「悪いが私は未来の金を持っていない。払ってくれないか?」
「すごい安いし別にいいよ」
私は年下の彼女にずっと頼ってばかりだ。だが、美食家である私にここまで言わせる料理を食べさせてくれた事、この人生で母親の次に感謝している。
私は今までにないほど重い本の軍勢を抱えながらも、スキップが止まらなかった。
未来世界がこんなに素晴らしいとは。美食家である私にとって、あの料理は理想であり希望であった。何がディストピア飯だ、ユートピア飯ではないか。
この未来世界のやたら忙しい価値観も、なんだか素晴らしいもののように思えてくる。西暦3000年、万歳!
そう思った瞬間だった。
美食家の男は突如現れた
「あらー……」
彼女のもとに、一冊だけ巻き込まれなかった本が落ちてきた。
それは味の進化と研究に関する歴史の本。その背表紙には、知っている顔が載っていた。
「
「……久々に、お腹空いてきたなぁ」
西暦3000年のディストピア飯 鉛色のイカリ @ThePurasu50
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