第2話

 朝起きて、家族におはよう、と言う。皆、朝ごはんの準備をしている。土曜で仕事は休みだが、今日は映画を見に行くため、早起きして準備を始める。化粧を薄くほどこして、服を着替えた。

 妹の繭子が運転する車で、映画館へと向かう。映画館に向かう途中で、朝飲んだコーヒーがきいたのか、トイレに行きたくなり、先に入口で降ろしてもらった。水分を多くとったあと、トイレにすぐに行きたくなるのは、私の学生時代からの悩みだ。気をつけるようにしているが、いつもと違う感じに浮かれて、考えが抜けていた。

 おばあちゃん家に寄り、小説のアイディアを練る。テレビから、朝ドラのヒロインと主人公がインタビューを受けている映像が流れている。

「おばあちゃん、お寿司買ってきたからね」

 繭子が大きな声でおばあちゃんに握りずしのパックを見せる。私は、本を開きながら、自分の小説をどう展開しようか、ノートにペンを走らせる。おばあちゃんは、今週から施設を退所して、一人暮らしを再開した。もう、家には戻れない、と主治医の先生から言われていたのだけれど、どうしても家がいい、という本人の希望で、家族の皆がそれに折れた。わがままっちゃあわがままだけれど、また体調を崩せば、どうせ病院に戻らないといけないのだし、自由にできるうちに、そうしておくのは、悪いことではないかもしれない。

 私は、テレビを眺めながら、ペンを止めて、映画のことを考える。スクリーンで見た映像を思い出し、秋のたそがれの雰囲気を重ね合わせる。

「面白かったよね。特に、あの息子君がよかったな。私、あの子がピーポイントだと思う」

 私は感想を述べる。特にあのきょうだいがよかった。

「私は、あの若かりし頃のお父さん役がかっこよくて好きだな」

 繭子は、「あれ、なんていう役者?お姉ちゃん、知ってるの?」と言う。私は、エンドロールで名前を確認していたから、その名を読み上げた。綺麗な映像だった。自然や、カメラの画質が。また、映画に行きたい。見たい映画が他にもある。

 私は、小説の続きに戻る。基礎をそのまま取り入れたいのに、参考図書を読んでも、いまいち自分の小説に反映させづらい。私は、ノートにアイディアを書く手を止めて、テレビを見る。朝ドラヒロインが可愛い。

 昨日、アイドルのドキュメンタリーを描いた小説を読んだ。はじめは、場面展開が早すぎて、こんなひどいものはないと思っていたのだが、途中から、これは物凄いいい作品ではないか、と思い始めた。何より、アイドル達が可愛い。可愛さが完成されている。語りでも、もうすでに有名になった彼女たち、と書いているとおりの磨かれた可愛さがあった。私は、この作品があまりにもよすぎて、人生の中で出会った大切なもののうちの間違いなく上位を占める存在になってしまい、これを作品の参考にしたくなった。また、素材をできるなら、私なりに解釈して取り入れたい。

 繭子が、おばあちゃんと話している。髪留めが消えた、と訴え、繭子がいろいろと探している。私も、どこにあるのか、考えて助言しようとしたが、思い当たる節はない。ないなら買えばいいのに、と思ってしまう。妹が必死に探しているのを、私は他人事のように深刻味を感じないまま、傍観していたら、しばらくあそこでもない、ここでもないと言っていた妹が問題の櫛を持ってきた。

「ほら。離さないでね」

 おばあちゃんは、「あぁ、こんなところにあったのね」と櫛を手にとる。妹はため息をつかんばかりの表情をする。

 窓から外の空気が入ってくると、きんもくせいの香りが強く香った。今日から十一月だ。長袖を着ていないと寒い。私は、家にあがったばかりで薄着だったのを、上着を羽織った。 

 おばあちゃんと繭子の三人で昼ご飯を食べ、私と繭子は車に乗って、家に帰る。

「退所してよかったのかもね。あんな風に、まだまだ元気っていうか、ぼけてもいないし」 

「繭子はいいよ。おばあちゃんの相手をしてあげてるの、すごいと思うよ。私は無理。だって、何話したらいいかわからないし、それに何をしてあげられるのかもわからない」

「こうやって、家に訪ねていってるのも、おばあちゃん喜んでいるのかわからないよね」

 繭子は自信なさそうに言う。喜んでいるとは思うけれど、本当におばあちゃんのためを思ってしてあげるべきことが何かは私にもわからない。間違った選択をしている気さえする。 

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