第3話 唇との触れ合い
「…ぅや、りゅうや!」
焦ったような、けれど荒げきれない声色で名前を呼ばれる。それと同時に距離を置こうとした温もりに腕を回して、むしろ最初よりも近くに引き寄せた。
その暖かさに擦り寄って足先を絡めながら俺はゆっくりと瞼を開ける。胸元に抱き込まれた彼は慌てて俺の胸に手を置いて腕を突っ張ろうとしたらしいが、残念ながら俺が引き寄せる方が早かったらしい。腕は折りたたまれたまま、背中に回された俺の腕のせいで伸ばせないでいた。
泣きそうに歪んだ顔で俺を見上げてくる霞の頬に口付けを落としてから、俺は寝起きでまだぼんやりする頭で何故そんな顔をするのかと考えを巡らせる。
「おはよう、かすみ」
「う、あ…お、はよう、りゅうや」
霞も寝起きなのだろう。互いに舌が回りきらずに随分とやわらかな発音になってしまった。
顔を真っ赤に染め上げた霞を可愛らしいなぁと眺めながら、俺は昨日の事を思い出す。昨日…は、たしか勉強会だったはずだ。それで…ああ、酒を飲まされて、霞に触れられて、それで、
「あの…りゅうや、放して」
「…何で」
一瞬で空気が変わる。寝起きのせいで思ったより低い声が出たせいだろう。しまったと思ってももう遅い。案の定霞は一度大きく肩を震わせて視線をそらしてしまった。
でも単に俺の声に怯えている訳じゃないんだろう。俺の事に過剰に気を回すその根底にあるのは、あの約束、なのだろうか。今更否定しても霞に信じてはもらえないかもしれない。それでも俺は言葉を重ねるしかない。
「…最初に『触るな』って言ったことなら、本意じゃないと伝えただろう」
「あ、え…だ、だって」
図星だ。さっきまで真っ赤だった霞の頬から少しずつ血の気が失せていく。視線をあちらこちらへうろうろと彷徨わせて、どう言葉を紡いだものかと唇を開いては閉じてを繰り返していた。
それを見詰めていて湧きあがった衝動のままに優しくそこを俺の唇で塞ぐ。否定の言葉を、今は聞きたくなかった。それより先に、もう一度だけ俺の言葉を伝えておきたかった。
「昨日散々ベッドの中で言ったけど…」
「りゅ、や…っ」
「触るなって言ったのは、お前に触れられたら襲わない自信がないからで…
ずっと前から、逢った時から、俺はお前に惚れてんだ」
「いや、だ…!放して…!」
霞は脇腹に置いた俺の手に反応してまた肩を揺らす。じたじたと身を捩らせてその手から逃れようとする様子に思わず加虐心が擽られた。
俺の指の動きに連動して震える霞の様子を見ながら脇腹から腰、足の付け根まで伸びる契約印を手のひらで撫でる。魔力が枯渇状態の時だけでなく飽和状態でも熱を持つらしいそれは、今も少し高めの体温を掌に伝えてきた。おまけに肌が敏感になるのも同じらしい。しかし飽和状態の場合は痛みがないというのは、非常に好都合だとか細く悲鳴を上げる霞を見て思う。
色っぽい、というよりは素直にエロいと思う。艶やかというよりはもっと直に理性を揺さぶってくるのは、霞に刻まれている印だからなのだろうか。
「放せってば!そこばっか撫でないで!!」
煩悩に塗れた事に思いを馳せていれば、どうやら悪戯が過ぎたらしい。肌を撫でる手のひらを叩かれたと思えば霞はシーツを巻きつけて俺から距離を取っていた。撫でることに集中し過ぎて拘束が緩んでいたようだ。
霞は警戒心の強い猫のようにこちらを睨めつける。怒りだけでなく不安も含んで揺れる瞳と目線を絡ませてようやく、俺は自分が暴走気味だったことを自覚した。
「…悪い。昨日も言ったが、お前に触れてるとどうにもお前以外見えなくなるらしい」
今度は怯えさせないように、ゆっくりと手を霞の頬に添える。少しずつ距離を埋めて、だけど手のひら以外触れはしない距離で霞の瞳を覗き込んだ。視界いっぱいに映るのは霞だけ。霞の視界に映るのも、俺だけだ。
「お前に何もさせなかったのも、戦闘に出さなかったのも、俺以外にお前を見せたくなかったからだ。俺以外の何かがお前に触れたり傷付けられたくなかったからだ。
初めてあった時の霞は、可愛くて可愛くて…。今は身長も伸びたから、可愛いというより綺麗の方が相応しいのかもしれないが、それでも俺にとってはずっと可愛くて仕方がない。いっそ、囲ってしまいたいくらいに、愛してるんだ」
お前に触れられたら、優しさを向けられたら、この気持ちが抑えきれそうになくて。いつも手を伸ばしてしまいそうで、素っ気ない態度しか取れなかった。お前がそれで悲しそうな表情をしてるのにも気が付いてたのに、俺の感情を向けたらお前を壊してしまうと思っていたから。
少しだけ角度をずらして、あと少しで唇が触れ合う所まで顔を寄せる。霞は逃げない。…そんなんじゃ、逃がしてやれなくなる。もう、俺からお前の手を放すことなんて不可能に近いんだ。
「本当は気付いてた、お前が…霞が、どんな目で俺を見てるか。あんな目で見つめられたら、本当に歯止めが利かなくなるのに、一度目があったら離せないんだ…だから、霞、言って」
俺がお前を放してあげられるのは、これが最後だから。
「お前の気持ち、お前の言葉で、いって」
瞼が伏せられて、睫毛が目の前でふるふると震える。霞の顔はこれ以上なく赤い。不安でも恐怖でも怒りでもない、期待と困惑と歓喜が垣間見える瞳を一旦瞼の裏に隠して、霞はそっと唇をかみしめた。
放してあげる、なんて、我ながら狡い奴だと思う。いや、本当に霞がこの腕の中から逃げ出したいのならその背中を追いかけることはないだろう。でも、俺は知ってる。霞がどれだけ俺に焦がれてるかを。
それを知っていて、俺はあえて霞が自分で俺を選ぶように仕向けてる。俺が無理に引っ張ってやれば、その勢いで霞は頷けると知っているのに。我儘だ。自分勝手だ。でも、霞に関してそうなってしまう自分を止められないし、それに存外、そんな自分が嫌いではないんだ。
だからはやく、ここまでおいで。
「龍也…大好き」
唇との触れ合い
(ん、んぅ……ふ、あ…い、いきなりキスするなって!)
(無理。今までの分触りまくってやる)
(っん、ひあ…りゅうや…っ腰触らないで…っ!)
(気付いてないかもしれないけど、お前が起きてからずっと彼シャツ状態なのが悪い)
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