五分弱の触れ合い

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第1話 五分弱の触れ合い


 くらりと世界が揺れる感覚がして、俺はそっと机の上に手をついた。机の向こうで魔法書を読みふける龍也りゅうやはそれに気が付いてはいないようで、俺は少しだけ俯いて細く息を吐く。

 なるべく音をたてないようにソファまで移動して、全身の力を抜くようにゆっくりと沈み込む。集中したら龍也は周りのことが見えなくなると知っていても、思わず気を遣ってしまうのは俺の癖だ。そうしてから、腕時計の時間を確認する。…十時半、か。

 明日は朝から用事があった筈だから、一時前には龍也は眠るだろう。そんなことを考えながら、俺は身体のだるさに抗えずに重い瞼を下ろした。






「……み、おい、かすみ

「…ぅ、ん……りゅうや?」


 遠くから呼びかけられる声がして、さっき閉じたばかりのような気がする瞼をゆっくりとあげた。眼球に突き刺さる部屋の灯りにまた目を閉じそうになるけど、上半身を起き上がらせてその誘惑を振り切る。

 ソファの前に立つ龍也は、俺がようやく起きたのを確認するとゆっくりと一歩後退した。


「お前、何時から寝てたんだ。…調子が悪いならそう言えよ」

「あー…うん、ごめん。ちょっとソファで休むだけのつもりだったんだけど…」

「…起きたならさっさとベッド行って休め。俺はもう寝るからな」

「うん、ありがとうね。おやすみなさい」


 その言葉を最後に自分の部屋へと歩き出す龍也を見送ってから、無くならないだるさに俺は額に手をあてた。わかってる。寝てもこのだるさは無くならない。無くならないどころか酷くなる一歩だ。

 腕時計を見れば時間は一時半。予想と大体同じ時間だ。


 立ち眩みを起こさないように殊更時間をかけて立ち上がってから、俺は一度髪をかき上げる。その瞬間脇腹に走った痛み小さく呻き声をあげた。

 なるべく脇腹に振動を与えないように、俺は着ていたTシャツをまくりあげる。左の脇腹に浮かび上がる契約の印は、仄かに赤みを帯びてじくじくと痛みを発していた。


「(…もうここまでキてんのか)」


 この印は、俺が龍也の使い魔だっていう証。一見すると人間に見える俺だけど、その血は夢魔から始まり吸血鬼から淫魔まで色々入り混じる混血だ。

 多くの能力があると言えば聞こえがいいけど、器用貧乏が過ぎてどれも大した能力じゃない。正直、龍也のパートナーなんて務まる器じゃない、中途半端な使い魔。


「(でも、龍也が、契約主が絶対だから)」


 龍也が契約を破棄してくれないと、所詮仕える側の俺に何が出来る筈もない。自身の魔法で十分戦える龍也にとって、サポートタイプの魔法ばかりしか使えない俺は、多分次の使い魔を探す間の可もなく不可もない変わりでしかないんだろう。


 それを現すように、最初に会った契約の時に龍也は俺に言ったんだ。俺に触れるな、って。契約者と使い魔は、その多くが恋人や親友になるくらいにはとても近しい存在だ。

 そんな使い魔に触れられたくないってことは、多分俺は龍也にとって繋ぎでしかないんだろう。

 だって、普通の友達には触られても龍也は何も言わない。俺だけが、触れることを許されていない。龍也から触れられることもない。


 ぐ、と身体に力を入れてしまったのか、また印がズキリと痛む。印をつけられた場所は、肌が敏感になる。だから、こうやって痛んでいる時に触れたり撫でたりして抑えることは出来ない。剥き出しの傷に触れるようなものだからね。…って、ちがう。こんな事を考え込んでる暇は無いんだ。

 …赤く色づいた印は、使い魔の魔力切れの証。普通に生活してる分には魔力切れなんて早々有り得ないんだけど、使い魔となれば話は別。契約がなされた瞬間から、その使い魔は主の魔力の供給なしには生きていけなくなるから。


 魔力をもらう方法は、使い魔によって色々だ。同じ空間にいるだけでよかったり、媒体を介して魔力をもらったり、…人によっては、体液から貰わなきゃいけなかったりする、らしい。

 俺の場合は、肌に触れさせてもらえればそれで魔力が貰える…んだけど。その触れることを許されていなければ、どうしようもない。正直に龍也に魔力の供給の為だと言えれば一番いいんだろうけど。


「(…今更、どう切り出せばいいんだ)」


 最初、触れるなと言われた後に魔力の供給方法を聞かれた俺は、思わず一緒にいるだけでいいって言ってしまった。

 触れるなと言われた後に触らなきゃ魔力がもらえません、だなんて言う度胸も勇気も俺にはなかったんだ。…だって、初めて契約の為に召喚されて出会ったあの瞬間から、俺は龍也に一目ぼれしてたんだから。

 離れたくなくて、どうにかそばにいたくて嘘をついた。そして今では、魔力切れで消滅しないように隙を見ては龍也の魔力をもらっている。戦闘以外の魔力の供給不足で使い魔を消滅させることは、契約主としてのランクを下げる行為だと言われている。だからこそ龍也にそんなレッテル貼らせたくないんだ。


 もう一度腕時計を見る。時刻はもう二時前を指していた。龍也はもう寝巻だったし、今頃はもう寝入っているだろう。十分もあれば深く寝入ってくれる体質にこの時ばかりは感謝するばかりだ。

 服が擦れるのが痛くてそのままTシャツを脱いでしまってから、一応足音に気を付けて龍也の部屋へ向かう。扉の前で一度立ち止まって小さくノックをしてから声をかける。反応がないことを確認してから、俺は扉の向こう全体に軽い催眠魔法をかけた。


「…入るよ、龍也」


 罪悪感で胸を痛ませながらゆっくりと扉をあける。ベッドで眠る龍也は予想通り穏やかな寝息を立てていた。そのベッドサイドまで足音を忍ばせて近寄ってから、俺は床に膝をついた。

 掛け布団から投げ出された手のひらを両手で包みこんで持ちあげると、そこからじわりと龍也の魔力が溢れだして俺に流れ込む。その熱に背筋に軽い衝撃が走って、身体が震えてぞわりと鳥肌が立った。

 龍也は魔力が多い方だけど、魔力のコントロールにも長けているから、朝起きて不自然に魔力が減っていればきっとこの行為がばれてしまう。だから貰うのは、普通の使い魔が大体五日くらい生きるのに必要な程度の魔力。それでも龍也にとっては全体の一割にも満たない。

 でも念には念を入れて、一割どころか全体の5%くらいの魔力だけを貰う。そうやって貰った五日分の魔力を、俺は少しずつ少しずつ使って二週間持たせて生活している。龍也はまだ学生だからそうそう戦闘なんて起きないし、授業で模擬戦闘があっても龍也は俺が何かする前に終わらせてしまう。そもそも、俺には何もするなと戦闘の前に言ってくるから、生命力に回す以外の魔力なんてほとんど使わないし。


「…ごめんね、龍也」


 触れてごめんなさい。魔力をだまし取るみたいなことをしてごめんなさい。こんな使い魔でごめんなさい。

 好きで、ごめんなさい。


「大好き、龍也」


 両手で握りしめた龍也の手に、俺はそっと口付けを落とした。





五分弱の触れ合い


(それを、二週間置きに)

(それだけで、俺には十分すぎる)

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