愛は未来を変えられない〜前編〜

ひびき

前編


2020年4月10日。

「財布、落としましたよー!」

柔らかく包み込むような声が、背中越しに届く。

「あ、すみません!」反射的に振り返ると、そこには広瀬すずに似た美人がこっちをみて微笑みかけている。


男はその瞳と目が合った瞬間、鼻の下を伸ばしすぎて、もはや車力の巨人だ。

「マジで助かりました(笑) 今度お礼させてくださいよー」

そう言いながら、さりげなく連絡先を提示する。

「僕、土谷勇気です」

女は少し慌てたように「私の名前は、浅田未来(みく)です」と名乗ると、勇気は、チャンスと思い

「趣味は料理と筋トレです」

――本当は、ソシャゲとXでのレスバが日課なのに。

そんな自分をうまく隠したまま、二人は次に会う約束をし、何度も何度もデートを重ねた。

勇気もみくも、気づけば互いに惹かれ合い、気がつけば恋人同士に。


勇気はみくと生きる未来を掴もうと、課金をやめ、筋トレを始め、料理にも挑戦し、これまでの怠惰をすべて断ち切った。

――もし結婚したら…そう考えると自分磨きにより一層力が入る。

彼は以前より逞しく変化した。まるで“勇気”という名前に、ようやく追いついたように。

まぁ、レスバだけは今もなお続けている。


そしてみくの誕生日。

その日は、デートをしてその後にプロポーズを決めた日である。


指輪を選ぶのに前日二時間も悩み、当日は朝からシャワーを浴び、髪を丁寧にセット。

一軍の服をアイロンで仕上げ、鏡の前で深く息を吐いた。



けれど、走ったため待ち合わせの頃には髪は汗と皮脂でぐちゃぐちゃ、服も汗で張り付いていた。

レストランではお茶をこぼし、午後に予定していた水族館は休館。最悪な流れだ。

だけど、二人で笑い合えば、それも些細な出来事に変わった。


「今日、せっかく髪セットしたのにもうぐちゃぐちゃだよー。さらに閉館だったりこぼしたり最悪だよ〜」

そう笑う勇気に、みくもつられて笑った。


その後、二人は恋愛の神様がいると噂の神社を訪れ、2人は密かに「二人で幸せになれますように」と願いを込めた。

そして最後のレストランへ――勇気が何度も電話をかけ、予約を取った店だ。


「何お願いしたの?」みくがにこやかに問うと。

「秘密だよ」勇気は含みを持たせた返答をした。

――心の中ではお互い、同じことを願っていればいいのにと願っていた。


店内の灯りが柔らかく二人を包む。

勇気は決意を強く固めて

「お誕生日おめでとう。結婚してください。」

言い終えた瞬間、彼の心臓は過去稀にないほど心臓は血液を多く送り出す。

みくは一瞬の間のあと、「よろしくおねがいしまぁぁぁす」と照れながらも力強く返答した。


勇気は思う――こんなに可愛い子と、こんなにスムーズに進むなんて、まるで誰かが仕組んだ運命みたいだ。勇気は喜ぶみくの顔を目の奥にまで焼き付けた。


帰り道、ふと勇気は、気になって聞いてしまった。

「みくの家族はどんな人?」


空気が凍り、すぐに後悔が胸を突いた。

――しまった。話したくないことだったのかもしれない。


案の定、みくは何も言わず、ただ無言で歩き続けた

三分ほどの沈黙のあと、かすかな声が夜気に溶けた。


「……やっぱり気になるよね。私の親は、誰かに殺されたの。犯人は見つからず、時効になった」

勇気の喉が鳴った。


みくは、俯いたまま続けた。

「許せない。でも、もうどうしようもないんだ」


勇気は、自分の無神経さに酷く失望した、しかし、すぐに彼女の瞳をまっすぐ見て言った。

「俺が必ず幸せにする。そんな事件を忘れるくらい、楽しい人生を一緒に作ろう」


みくは、期待以上の回答に喜びを露わにする。

「約束ね」


二人は、未来のこと、夢のこと、これからのことを語り合いながら別れの時間に近づいていった。


「もうすぐ家だから、ここで大丈夫だよ。バイバイ」

「OK、気をつけて帰ってね。バイバイ」


――その後みくは帰り道で、心臓発作を起こし、誰にも見られず死んでしまった。発見された時にはみくの体はすでに冷たかったらしい。


それからの勇気の日々は、静かに、そして確実に崩れた。返ってくることのないみくへのLINEを送り、彼女の発見された場所に手を合わせに通う日々。


しかし同時に、みくとの将来のために積み立てていた貯金をすべて慈善活動に回すことにした。それは自分のためではなく、みくのため、いや、人のために使うべきお金だと2人で決めていたからだ。


彼はそのため多額の寄付を行い、災害復興のボランティアにも積極的に参加した。

その日は、ホームレスが集まると噂の公園へ向うことにした。温かいご飯と服を抱え、彼は静かな足取りでベンチに近づくと、そこに座っていたのは一人の老人だった。


勇気は老人に食べ物と服を渡し、少しのあいだ言葉を交わす。

「優しい若者だな……ありがとう。ところで、あんたは″後悔″してることはあるかい?」


勇気は空を見上げ

「彼女が、死にました。」


その声には、みくと出会った頃のような軽やかさも、ユーモアももうない。冷たく淡々と語る。


老人は今にも折れそうな手でゆっくりとポケットから古びた懐中時計を取り出し,優しい目で勇気に

「そうか……なら、お前にこの時計を託そう。これは“時間を越える”時計じゃ。

 ――ワシは、未来から来た。」


その言葉を聞いた瞬間、勇気の心に、久しく忘れていた“希望”の光が差し込む。

「これで……救えるかもしれない。」


そう思うと、彼の口元がゆっくりと歪み、抑えようとしても、笑いが止まらなかった。


老人も空を見上げ、続けて

「ワシの妻もな、死んだんじゃ。すごい科学者で、このタイムマシーンを作った誇り高い女だった。

 だが、誰かに殺された。その事件の手がかりを探しに、この時代へ来たが――

 まったく掴めなかった」


勇気は息を呑み、老人は続けて言う。


「それ以上に、あんたのような優しくて有望な若者に会えたことが嬉しい。だから、この時計を預ける。」


勇気は深く頭を下げ、何度も感謝の言葉を口にした。


「この時計には条件がある。使えるのは――三度だけだ」


老人の声が遠ざかる中、勇気は震える指で時計を握りしめ、そのまま、迷うことなくスイッチへ。


三年前――勇気とみくが出会うよりも前の時代にタイムスリップした。

「さーて、早く探して未来に会わないと。」


勇気はそう独り言を呟き、まず彼女の家を訪れたが、そこは空き部屋だった。

これはおかしい。近所の住人に聞いてみても、「そんな人は知らない」と首を傾げるばかり。


みくは確か、大学時代からずっとこの部屋に住んでいると言っていたはずだ。

だが――その痕跡すら存在していなかった。深い謎となる。


(もしかして、この世界線にはみくが存在していないのか?

 俺が来たことで……変わってしまったのか?)


勇気は期待を裏切られ、涙をこぼすがその場でひどく取り乱すことなく、静かにボタンに手をかける。


だがその瞬間、ふと思いつく。

「いや……現世より“未来”に行って、おじいさんの事件の手がかりを俺が集めればいいんだ。

 そうすれば、おじいさんの目的も果たせるし、未来の俺がどんな姿になっているかも見れる。

 ……よし、20XX年X月X日に行くぞ!」


勇気は自分に無理やり元気づけようとそう決め、未来へと飛んだ。


到着したのは――事件の日、事件が起きる直前で、現場へ向かうため、電車に飛び乗る。


そのとき、肩と肩がぶつかる。

「いてっ、ごめんなさい!」

「いやいや、こっちこそ前見てませんでした!」


顔を上げると、そこにいたのは――広瀬すず似の女性。

「……みく?」


思わず口に出してしまった勇気に、彼女は驚いた顔で言った。

「知り合いでしたか?」


勇気は一気に動揺して

「あ、みく、mixiが閉じちゃったあー!」

と、わけのわからない演技をした。


みくは気にも留めず、「急いでいるんで、ごめんなさい!」勇気は小さくなっていく女の背中を眺めるのみだ。


(あれ……みくだよな? でも……出会った時より若く見えたぞ?

 未来に来たのに、なんで? まさか、出会う前に子供が……いや、違う。

 本人だ。でもこの世界線では何かが起きている。)


勇気はとりあえずそう結論づけ、事件現場へ向かう。そこには、一人の若い女性が今にも泣きそうな5歳児のように不安な顔つきでスマホを見つめる。

勇気の胸がざわついた。

(……犯人は、この女をスマホで呼び出したんだな。)


遠くから足音が近づいてくる。空気が一瞬にして引き締まった。

フードを被った人が、女性の前に立つ。勇気はよくフードを被った人の顔が見えなかった。


「ここに来たので、うちの夫には何も危害を加えないでください!」

女性は声を裏返りながらも訴えかけ、その声に応えるように、犯人はゆっくりとフードを外した。

勇気は息を呑み、顔を覗き込む。


「……え? みく…」


声を漏らさずにはいられなかった。

そこにいたのは、確かに浅田未来――

だが、その表情はかつて勇気が知っていた“あの笑顔”とはまるで別人だった。虚な目をして、冷たく、鋭く、怒りと悲しみに満ちた声でみくは言った。

「ここまで来た勇気は讃えよう。――だが、お前はここで死ぬんだよ…!!!」


その瞬間、みくはナイフを勢いよく取り出し、女性の腹を突き刺した。

悲鳴を上げる間もなく、女性はその場に崩れ落ち、ぴくりとも動かなくなり。赤色の水溜まりがだんだんと地面を確実に侵食していった。


「お前がタイムマシンを作ったせいで……

 あの人たちは、何度もやり直して、何度も私の親を殺したのよ。」


涙をこぼしながらそう言い、みくは震えた手で血を拭い、ナイフをポケットに戻した。


勇気は何も整理がつかないが、とりあえず時計に手をかける。

「2020年にもどれ!……早く……!」


だが、ボタンは反応しない。

(おかしい……まだ二回目のはずだろ!?)

何度押しても、まったく動作しない。


絶望が勇気の心に滲む。

(あ……そうか。おじいさんが過去に来た時点で、それが一回目だったんだ……。)


もう、どうすることもできなかった。

この世界に閉じ込められたのだ。

みくが人を殺したこの世界で、ただ孤独に生きていく。勇気の世界はだんだんと色を失っていく。


みくは後始末を終えると、手首の時計をいじりながら

「2020年でいいかなー」


その瞬間、全ての点が繋がった。

″2020″年。

あの時、財布を拾ってくれた、俺らが初めてあった年


あのみくは、おじいさんの妻を殺した後2020年へタイムスリップし、そこで“俺”と出会ったんだ。


自分が愛した女性が、未来から来た殺人者。

それを誰にも伝えられず、胸に押し殺して生きていくしかない――。そんなのありかよ。


だが、その時。

勇気は何かを閃いた。


茂みから飛び出し、未来へ向かって走りながら叫んだ。

「みく!!!」

みくは驚き、慌てて刃物を抜いた。

勇気はその手を押さえつけ、叫ぶ。


「おい、聞け!みく!これ以上、この惨劇を見過ごすことはできない!

罪から逃げちゃダメだ! 俺の知ってるみくに、戻ってくれ!!」


だが、この時代のみくにとって勇気は“赤の他人”

その言葉が届くはずもない。気にも止めず力を緩めることなく、抵抗を続けた。


勇気は声を荒げ

「時計をよこせぇぇぇぇぇええええ!!!」


彼の狙いは、未来の時計を奪い取ること。それを使って現世へ戻り、

みくを2020年の過去へ戻らせなければ――

今後のみくが人殺しになる運命を変えられるかもしれない。


しかし次の瞬間、みくの足が勇気の股間を蹴り上げた。勇気は苦痛に顔を歪め手の力が緩んだその瞬間に……ナイフが彼の胸を貫いた…勇気は胸を抑えながら笑顔を見せる。

「…俺はお前を愛している……俺は、最後までお前を信じてr……」

言葉の途中で息が止まる…勇気の体から力が抜けた。


血の匂いだけがその日の闇を覆っているーー


みくは震える指先でナイフを見つめ、ゆっくりと地面に落とした。

雨が彼女の頭を濡らす中、彼女は時計を握りしめ

「2021年に、タイムスリップか…」

呟きながら時計をいじっていた。

ゆうきがナイフを奪う時、ボタンに触れてしまったのだろう。

この世界のみくは、勇気と出会う2020年ではなく、2021年にタイムスリップすることになった

「ここが2021年か……あんまり変わらんもんやな」

独り言のように呟きながら、みくは街を歩いた。

ビルの影、広告の光、通り過ぎる人々の笑い声。しかしどこかに違和感を感じていた。

ふと、道端で手を合わせる男が目に入る。

その姿に、心臓が跳ねた。″私が殺したあの男″だった。

彼は何もない地面に向かって静かに手を合わせ、スマホを開き、泣きながら誰かにメッセージを打ち続けている。


次の日、みくは周囲の人々に尋ね歩いた。

「ここで……誰が、亡くなったんですか」

住民の1人が答えた。「浅田未来って子だよ」

自分の名前を聞いた瞬間、みくは驚きを隠せない。

彼は、この世界にいた私が死んだ日から、毎日ここに来て手を合わせているらしい――。

胸が締めつけられる。

そして、彼がしてきたことを人々の口から聞いた。

募金をし、災害の復興を手伝い、ホームレスに服やご飯を配る毎日。

それを聞いた瞬間、みくは膝から崩れ落ち、唇を震わせた。

「あの時、殺したのは……そんな人だったの……」

後悔と辛さ,悲しさと負の感情が、心の奥から溢れ出し止まることを知らない。


みくは立ち上がり、

「私の未来を、変えなくちゃ……彼を、守らなくちゃ……」

震える声でそう呟き、続けて

「あと一度だけ……もう戻れなくてもいい」

深呼吸して、ボタンに指をかける。


光が弾ける。


――2020年4月10日。

みくは息を切らしながら街を見回す。

「早く……あの人を探さないと……」

そのとき、前方を歩く男が目に入った。

イヤホンをつけ、少し間の抜けた顔で音楽に合わせて鼻歌を歌っている。

見間違えようがない。あの、男だ。

みくはダッシュで近づき、自然を装いながら声をかけた。

「財布、落としましたよ」

男が振り返る。

柔らかな春の光の中で、彼の表情が少し驚き、そして微笑んだ。

その瞬間、みくは確信した。

全てを、やり直す。

この手で、運命を。

 “愛は、悲劇を何度でも繰り返す”

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愛は未来を変えられない〜前編〜 ひびき @M1mi

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