第4話 甘え方を間違えた日

私の死にたがりはこの世界にきても治っていなかった。

それがゼノの能力にも関知されてしまうのが厄介だった。


でも、ゼノは一度も「死ぬな」とも「なぜ死にたいのか」とも言ってこなかった。

彼はただ、私の衝動が襲ってくることを知っていて、静かにそれに対処するだけだった。


その衝動は普段は小さくても確実に私の中にあって、時折それが大きくなって襲ってきたときはゼノがすぐに気がつき、仕事量を調整や手伝いをしてくれた。


自宅では私に食事を用意してくれて、私が眠るまで部屋の角に椅子を置いて本を読んでいた。

そんな日は消えたいのに心地が良くて、布団をすっぽりと頭までかぶって枕を濡らしながら寝ていた。


あの日は特に衝動が強かった。

だから、甘え方を間違ってしまった。


いつもどおり部屋の角で本を読んでいたゼノは私が寝たと思ったのか、静かに立ち上がり部屋を出ようとドアノブに手をかけた。


行かないでほしかった。


おもむろにベッドから起き上がるとゼノは珍しく驚いた顔で振り返った。


「悪い、起こしたか。水でも持ってくるか?」

「……てほしい」

「なんだ?」

「一緒に、寝て……ほしい。」


なんてこと言ってしまったんだろう。 衝動が強い日は頭がぼんやりモヤがかかっているみたいで全然働かないのに、急に自分の口から出てきた言葉のせいで意識がハッキリしてくる。


沈黙がもう私とゼノの関係はダメだろうと思わせた。


でも「分かった。」と言って、ゼノはドアノブから手を離した。私の方に戻ってきて、ナイトテーブルに手にもっていた本を置く。そして、なんの躊躇いもない様子でベッドに入ってきた。


私もゼノの隣で再び横になる。

ゼノは私に気をつかってか背を向けて寝ていた。

その背中に向かって私は話しかけた。


「ねぇ。」

「なんだ?」

「……抱きしめてほしい。」


ゼノはゆっくりとこちらに体の正面を向ける。 そして腕を少しあげて布団の中に空間を作ると「おいで」と言ってきた。 わたしは黙ってその空間に入り込んだ。寝やすいように体制を整えるとゼノの腕が優しく降りてきて、重みが心地よかった。私ひとりでは十分に暖まらなかった布団もゼノのお陰かだんだんと暖まっていき、ゆっくりと眠気が襲ってきた。その日はやっぱり消えたいままだったけど、泣かずに眠ることができた。


この日を境にゼノと私は毎日同じベッドで眠るようになった。 不思議と衝動がくる頻度が減っていったような気がした。 でもその代わり、衝動が来たときがとても強くていよいよ抗えないのではないかと思うことが多くなっていった。


ある日強い衝動がきそうな予感があった。

どうにかこれを紛らわせたくて、隣で寝ているゼノにキスをした。

そうして私とゼノは初めて関係を持った。


終わったあとゼノが「今まで言えてなくて申し訳ない。俺たちちゃんと付き合おう。」と言ってきた。それが真実の愛のみではなく、ゼノ自身の責任感から発せられている言葉でもあると分かった。 そしてその弱みを握ってしまったが最後、この男を一生縛り付けて振り回してしまうことも。


私はうつむきながら首を横に振った。


「付き合わない。」

「でも……!」

「このままでいい。」

「俺はよくない。」

「ゼノは私のことは好きじゃないよ。」

「いや、好きだ。ちゃんと好きだ。」

「ううん、勘違いしてるだけ。毎日一緒にご飯を食べて、寝て、こうなっちゃったからそう思いこんでいるだけ。」

「違う。」

「違くないよ。私が勘違いさせちゃったの。ごめんなさい。」


そう言ってゼノの顔を見た。

怒ってるとも泣きそうとも言えない初めて見る顔をしていた。


「ゼノ、明日からは別々に寝よう。」


それを聞いたゼノは、無言のまま部屋を出ていってしまった。

私は彼を追いかけることもせず、ドアを背にして布団に潜り込んだ。顔に水分がつたう感覚がして、手でそれを拭って初めて自分が泣いていることに気がついた。


その日からゼノと一緒に寝ることは本当になくなり、また枕を濡らして衝動に耐える日々に戻った。


関係もギクシャクしてしまって家にいづらかったため、しばらく魔女の仕事にのめり込んだ。

朝から晩まで瘴気しょうきを浄化して、ゼノの家には眠るためだけに帰宅する日々になった。 私は見習いの魔術師たちに心配されるほどやつれていったみたいだが、それに反比例するようにお金はどんどん貯まって潤っていった。


そして、その貯まったお金を元手に一人暮らしを始めた。

この世界の一人暮らしの部屋のクローゼットの奥に、またいつでも首が吊れる用のロープを括り付けた。

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