第6話 バレてしまった日
健康診断の結果を見てから半年後、私の緩慢な自殺計画は変わらず進んでいた。
最初はなかった自覚症状が、日を追うごとに出てきた。
最近は慢性的な倦怠感と、ときどきひどい頭痛に襲われる。しかし、その苦痛さえも、私の選択の正しさを証明しているように思えて、どこか安心していた。誰にも言わずに、職務の代償として静かに消えていければ良かったのだが、彼は見過ごしてはくれなかった。
トントンと、静かに玄関ドアがノックされる音がした。
嫌な予感がした。
ため息をひとつついてドアを開ける。
「急に来てどうしたの?今日は監視来訪の日じゃないはず。」
ドアの前に立っていたのは、私を監視する者――ゼノ・ラディウス公爵だった。
「とりあえず、中に入って。雨も降ってるし。」
「失礼する。」
私は彼を招き入れた。ソファに座るように彼を促し、お茶を入れると私も対面するように座った。その間彼は一言も話しかけてこなかった。沈黙が流れる。いたたまれなくなり私は自分が淹れたお茶を飲んだ。その間も彼は私と同じくらい凪いだ、しかし深い洞察力に濡れた瞳で私をじっと見つめ返してきた。
「ずっと見られてても困るんだけど。……なんで急に来たの?」
「君に用があったから来た」
彼の言葉は簡潔で、感情が読み取れない。
「報告書に問題でもあった?」
「いや、最近の君の報告書はよく書けている。……だが、やはり君の顔色は、報告書の内容と一致しないな。報告書の体調欄に問題なしと記載してあったが、本当は体調が悪いだろう?」
ゼノは、私が魔術で隠そうとしている体内に蓄積している瘴気の量や魔力の乱れ、そして微かに漏れる「死の衝動」の波動を、その能力で正確に読み取っているのだろう。彼は私の返事を待たずにさらに問いかけてきた。
「いくら隠しても無駄だ。君の体から溢れる瘴気、私には分かる。この様子だと健康診断で引っ掛かっているはずだが……。君、医療院に行っていないな?」
やはり最後まで隠し通すことはできないか……。私は諦めにも似た気持ちを抱え、静かに答える。
「確かに健康診断で引っ掛かってる。医療院には行っていない。」
「はあ……。なぜだ。」
「あなたなら、分かるんじゃない?」
私は慌てず、蠱惑的な笑みを浮かべる。それとは対象的に冷たく突き放すようにわざと発した。
再び沈黙が流れる。
その沈黙を破ったのは今度はゼノのほうだった。
「一緒に……医療院に行かないか?」
ゼノは、微かに声に震えを滲ませた。
私は静かに首を横に振った。
「君がしようとしていることは、身勝手だ。魔女の仕事はこの国にとって、非常に重要なものであることは分かっているはず。それに、その仕事に付き合ってくれている精霊達にはどう説明するつもりだ。それに君がどんなことをしても俺の監視の目からは逃れられないぞ。」
「まったく……大袈裟よ。魔女の毒は私の問題。それに私は決して職務を放棄しようとしているわけじゃない。やり遂げた先で私が死んだとしても、国も精霊達も貴方も、変わりはないでしょう?」
ゼノの冷徹な顔に、苦悩のような色がよぎった。
「死んでも変わりがない、だと?私が魔女の統括している以上、このようなことは見過ごすことはできない。それに私にとって、君の命はとても大切だ。」
彼は、職務という建前を超えて、私への個人的な執着を、言葉の端に漏らした。
少し胸が痛んだ気がした。
でも、ここで意思を変えることができるほど、私は柔軟に生きてきた人ではなかった。
ゼノは手を組み額にあてて項垂れる。
「……君は、臆病者だ。」
「どの口がそれを仰いますか。」
私は、反射的に、皮肉めいた言葉を返す。
それを聞いたゼノは呆れたように大きくため息をついた。そして顔だけこちらに向けてきた。
「魔女が国の健康診断に引っかかっている以上、医療院に連れて行くことは私の職務の1つだ。君に拒否権はない。明日行くぞ。」
私に負けじと彼も頑固な人間だと言うことを私はしっている。
逃げられないことを悟って、目を逸らすことしか出来なかった。
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