片思いのクラスのマドンナが、俺のことが好きすぎて秘密の裏アカウントで観察していたらしい

狂う!

第零章:憧憬(どうけい)

気がつけば、また教室の窓際にいる自分がいる。

三限目の現代文、淡々とした教師の声が遠くで響いている。


俺はノートにペンを走らせるふりをしながら、斜め前の席、“白鳥栞”を視界の端で追っていた。



【白鳥栞】



背筋を伸ばして座り、黒髪はつややかに肩を流れている。

時々、小さく首を傾げてノートに書き込みをする姿が、まるで何かの絵画みたいに静かで綺麗だった。

制服の袖は、ほんの少し長め。手首が見えるか見えないか、その絶妙なラインまで意識しているのかは分からないけれど、彼女がノートをめくるたび、思わず目が吸い寄せられる。


──やっぱ、今日も美人だな。


これで同じ学校、同じクラス、しかも席まで近いとか、正直夢みたいだ。

俺なんかとは住む世界が違うって、わかってる。

けど、こうやって毎日同じ教室にいるだけで、ちょっとした奇跡だとすら思う。


「……なに、ぼーっとしてんの」


ガタン、と隣の席の椅子が揺れる音で我に返る。



【夏目葵】



昔からの幼馴染で、最近はやけに話しづらい。

葵はショートカットの髪を無造作に指でかきあげて、ふいっと俺を見た。

少しだけムスッとした顔。

その視線から逃げるように、俺はわざとらしく黒板の方へ顔を向ける。


「別に、何でもない」


「ふーん……」


そのまま、何となく沈黙。昔はもっと、くだらないことで笑い合ってた気がする。

でも今は、どうにも距離がある。

話そうとすれば、どこかぎこちなくなってしまうのは、俺のせいなんだろうか。


「……なぁ、葵」


小さく声をかけると、彼女は「なに」とだけ返す。話したいことは特にない。

だけど、何か言わなきゃと思って口を開く。


「昨日の課題さ、めっちゃムズくなかった?」


「え、なにそれ……今さら?もう提出日だよ」


「いや、あー、そうなんだけどさ……」


結局、会話が続かない。

葵は呆れたみたいにため息をついて、またノートに目を落とす。

なんだか、俺だけが空回りしてるみたいで情けない。頭を掻いてごまかす。


「……でさ、白鳥さん、昨日の課題どうだったと思う?」


思わず、口から栞の名前が出てしまう。

すぐにしまった、と思ったが、時すでに遅し。葵のペンがピタリと止まる。

そのまま、じっと俺を見据えてくる。


「……アンタ、最近さ……」


言いかけて、結局何も言わず、葵はまたペンを走らせ始めた。

気まずい空気が、じわりと広がる。


教室の前では、栞が静かに微笑んでいた。

たまに先生の冗談に口元を手で隠して笑う、その仕草だけで世界が明るくなる気がする。


俺は胸の奥がザワつくのを、どうしようもなく感じていた。



~~~



放課後。教室に残った俺は、無意味に机を拭いたり、消しゴムを転がしてみたり。


カバンを閉じるタイミングをわざと遅らせて、チャンスを窺っている自分に気づいて情けなくなる。


──どうせ話しかけられないくせに。


そう思っていた、そのときだった。


「〇〇くん、今日もお疲れさま」


栞の声。思わず振り向くと、彼女はふわりと微笑んで、黒髪のカーテン越しにこちらを見ていた。

瞬間、全身が熱くなる。


「あ、うん……白鳥さんも」


それだけで、もう精一杯だった。何か気の利いたことでも言えたらいいのに。

俺は机に残された消しゴムを手の中で転がすばかりで、会話も続かない。


「……また、明日」


栞はそう言って、静かに教室を出ていった。


その背中を見送りながら、俺は自分がどれだけ彼女に惹かれているのかを、痛いほど自覚する。


だけど、その隣で葵が何を思っているのかは、きっと気づかないまま──


誰かを見つめるということは、誰かの背中を見落とすということだ。

この時の俺は、それをまだ知らなかった。

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