第38話 (第二章続き)
洋式トイレでは男性も座りシッコが常識、とまで思っていたわけではないが、これについてオレには漠然とした知識があった。
よくよく考えてみると、あの会社にいた頃、昼の休憩時間に家でどうしているか話題になったことがあったんだわ。まだ例のイカレ上司が来ていなくて、馬鹿話の一つも可能な時代だった。元々はかなり和気藹々としたチームだったからなー。
きっかけは、確か二こ下くらいの同僚が新婚の悩みを相談したことだった。新妻に大小どっちも座ってやれと厳命されたらしい。座ってしないなら、トイレ掃除は自分でしろということだとか。「自分だってトイレは使うのに、一方的な申し渡しっすよね~。どう思います?」と問われて、皆が意見した。それはそれは喧々諤々(けんけんがくがく)と。
妻からの厳命? 独身男には想像もつかない世界だ。んなもん、無視すりゃいいじゃんよ、という暴論はNGらしい。〈妻コワイ〉が全国の共通認識だとは知らんかった。そんなことで、妻との関係性を正直に暴露している内に、案外座りシッコ家庭が多いことが分かった。厳命するのは彼女だったり奥さんだったりお母さんだったり。お祖母(ばあ)ちゃんがという未来志向の家庭もあって、驚いたのを覚えている。
ここん家は、お父さんが概(おおむ)ねトイレ掃除を担当している(まさかこれが理由でみんな立ちションなのか?)から、あまりそういうことを言っているのを聞いたことはない。ん? 立ちションのせいで奥様はトイレ掃除を放棄したとか? でも、お掃除当番当事者の本心はどうだろうか。これだけ男子率が高いのだから、次兄以外も全員座りシッコにすれば、絶対掃除が楽になるに違いないのにな。
オレは善意? に溢れた座りシッコ布教者になることを心に誓った。え? 生前のオレ? 家でも立ちションに決まっている(威張りっ)。実家で注意されたことはないからな。ふんす。一人暮らしになってからも、トイレが汚れてきたら、引っ越せばよかったしな……って、オレ最低かっ⁉
ごほんごほん、生前のオレのことは放置だっ。先ずはボクちゃんの教化からだ。言葉が喋れないから、一念発起して、教育的指導として見本を見せるという苦労を背負い込むことにした。それから、家族全員に行き渡らせるという実に壮大な? 計画だ。え? 嫌な予感がする? オレはちっともそう思わんぞ。
そのためには、オレが人間のトイレでナニを出来るようにならないといけない。
オレは先ずトイレの扉を開ける練習を人知れず敢行した。それが簡単に出来るようになると、フタをナニの途中で倒れて来ないようにしっかり開けることに集中した。それから、便座の端に座る練習だ。
で、ことを終わらせるための座り具合を確かめて、フタを閉めて流すところまで何度も繰り返した。たったそれだけ? ですと? オレは猫だぜ! この可愛いお手手で簡単に出来るようになったとは思わないで欲しいぜ。ったく。は? なら、ナニシャワーを我慢すりゃよかったですと? 冗談じゃねーわっ!
ふん。ともかく、流すのは比較的簡単に出来るようになったが、フタの開閉を習得するのに時間をくった。意外に思うかもしれないが、フタって案外高さがあるから、猫の身体には負担が大きいのだ。下手すりゃ、ドボンだし。しっかり立てないと直ぐに倒れてくるし。めんどくせーっっっ
何もかもが滞りなくできるようになるのに一月以上かかった。たかがトイレされどトイレ、〈猫の執念岩をも通す〉だ。ふんす。やっと、ボクちゃんに見本を見せるところまで持ち込めた。これで、この期間も耐え続けたナニシャワーから卒業だ。苦労が報われるときが来たーっっっ。
続く
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