第34話 第一章(続き)

 優しい風に包まれてオレが感動の余韻に浸っている間に、ドライヤーは終わってしまった。がっかりしていると、お父さんにリビングに押しやられた。すると、オレは当たり前のように体を舐め始めた。シャンプーの味が苦いかと思いきや、案外甘い。けれど、自分の臭いじゃないせいか、これが消えるまでせっせと舐めやがった。

 生き物の習性には勝てないようだ。あーあ、甘い香りをまとっていたかったなあ。


 こうしてお風呂絡みの一連の行動が一段落すると、折よく次男が帰って来た。普段なら即自室に向かうのに、喉が渇いたのかすぐに風呂に入りたいのか、階段下に荷物を置くとリビングに入って来た。そして、目敏く舐め舐めしているオレを発見すると、真っすぐオレに向かって来た。

 オレは、「にゃーにゃ(足で撫でるなよ)」とちょっと構えて待った。


「お、風呂に入れてもらったのか? 猫。おーふわふわだなー」

 バスケットボールを片手で掴めるような大きな掌が、両側からオレの毛をもしゃもしゃとかき起こした。「シャア(止めれ)」と猫パンチするまでもなく、直ぐ止めると、上から丹念に撫でつけた。もしか生乾きでないか、確認してた? 何というか、全てのタイミングを把握しているのねってくらい、絶妙な可愛がり方だ。


 手がでかくて力も強いせいか、割と強く撫でつけるものだから足腰が定まらない。痛いわけでも酷いわけでもないこの撫で方。暫く続けてもらいたいぞ。こ、これは踏ん張るっきゃない。うにゃ、ふぬぉぉっ。

 あえ? これはこれでたまらんのー。次男、いい仕事するじゃん。


 早くも止めようとするので甘噛みしてやった。ここは丹念にしやがれという意味を込めて。これは本能でワザとじゃないからね。ふっと笑った次男は、ソファーに座ってオレを膝に載せると、本格的に撫で始めた。

 そういえば、手は洗ったのか? ばっちいかもしれんが、気持ちいいから許す!


 オレの眼はとろとろと閉じ気味になっていく。人間の間にサウナにでも行っておけば、こうした気分を味わえたのだろうか。今更考えたって仕方ないけれど、生き方を正す機会がほしかったというのが本音だ。傲慢上司に仕返し? そんな不毛なことをするつもりはねーな、って、ちょっと考えなくもないか……まあいい。


 はにゃぁ。極上の気分でかくっと寝落ちしてしまった。野良猫だったらこうはいかなかっただろうな。次男は、ふーっと優しく息を吹きかけてオレが深く眠ったことを確認すると、でっかい手でそっと掬い上げてソファーの上に下ろしてくれた。ポイ投げ殿下のボクちゃんや奥様とは大違いだ。扱い方はお父さん譲りに違いないな……

 幸せだにゃぁ。このままぐーすーぴーなのだ。うにゃん


 それにしたって、猫であるオレがこの家で三兄弟に負けず劣らずに大切にされているのは、最早自明の理だ。うん? 四兄弟ともいうか。って、オレの立ち位置はどの辺りだ? 猫年齢的には、兄二人どころかお父さんすら抜かしてしまったように思えるが、扱われ方はどうも三番目辺りのような?


 ボクちゃんにとっては、兄二人より身近な存在で、直ぐ上の兄貴くらいの位置づけだろうか。ボクちゃんとは三弟四弟の仲だな。あるいは、高齢のお祖父ちゃんみたいなものかもしれない。ヨボヨボはまだしてねえわっ。ふんす。特に何もしてくれないけれど、いつも家にいて寄り添っている辺りが。


 ところで、こんなに大切されていて居心地もいいのに、以前憑依していた幽霊は本当に飽きたのだろうか? 初対面のオレのために交代したとは到底思えないしなあ。もしかして、生前関係のあった人の様子を確認したくなったとか? ありそうではあるが、短期間だけの交代を願えばいい話だしなあ。分からん。


 だけど、こうなってしまっては、もし、万一戻って来ても絶対代わってやらんからな。そんな身勝手許さねーし。こっそり心に誓った。何しろオレは、ボクちゃんにとっての兄弟以上父親未満(お母さん別枠)なるオレの立ち位置が最高に居心地よく、すっかり気に入っていたから。




☆ 次話から第二章が始まります。次章からは日常生活に大変化が起きます。

末っ子で甘やかされたボクちゃんの天敵が登場するのです!

お愉しみにね ☆

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