第31話 第一章(続き)

 今更家族を持って子どもに喋り倒そうなんて虫のいい話を信じることは出来ないが、せめてボクちゃんと話せたらいいのにと思ったのは事実だ。オレ、まあまあお喋りだかんな~。父親にはなれんが、愚痴を聞いてやれる大人くらいにはなりたいな。

 猫は聞いてるだけじゃん。はい、その通り。でも聞き役って大事よ?


 まあいい。それから、お父さんがお片付けをしている間に、ボクちゃんが湯船にお湯を張る。といっても、今時は湯桶の栓さえ閉めてあればボタン一つで終了だ。あまりにも簡単なお手伝いに、オレの顎はかくっと下がったままになった。くぉらぁ、もう少しお父さんの役に立とうと思わないのかよっ、ったく。


 って、あ、オレが子どもの頃は家の手伝いなんてしたことなかったかも。か、数えるくらいはあったかな? うんうん。だけど、「お受験」という金科玉条を掲げて、全ての面倒臭い家事を大回避していたような……ごほんごほん。

 出来た大人としては、自分がしなかったことを他人に求めちゃいけないな。うむ


 風呂のお湯が溜まるまでの間、食卓でボクちゃんは宿題やドリルを済ませる。こんなに短時間の勉強で身に着くのか? まあ、分からないところは都度お父さんに聞いているし、お父さんがまた教え方が上手でちゃんと理解できているように見えるから不思議だ。学のない親をもったオレとしては、羨ましい限りだ。


 そして、「給水栓を閉じてください」という機械音を合図に、お風呂ターイム♪ 楽しそうに言ったが、実はオレにとっては意外な難行苦行が待ち受けていたのだよ、これが。初めての夜は、何とか回避しようと、けれどボクちゃんを爪で傷つけてはいけないと、風呂場をぐるぐる駆け回った。

 扉が開けられないから結局観念したけれどねー。扉の開閉を至急学習すべし。


 オレは強制的にボクちゃんと一緒に風呂場に入れられ、湯船の縁で待機を命ぜられた。そのままずっと待っていることが多い。跳ね返るお湯や泡、歯磨きの飛沫に耐えなければならないし、大声で歌うアニソンも耳に痛い。何の拷問だよ。動物虐待だと声を大にして訴えたい!


 にゃおーん、あおーん

「猫ったら一緒に歌ってくれるの?」

「ああお、ああう、にゃああああ!(ええい、愚か者。耳が腐るんじゃ!)」

「違うの? でも、はもっちゃえ~♪~」


 大体ガキのすっぽんぽんに興味はないというに。え? 絶対ないって。奥様なら大歓迎、おほんおほん。しまった、またエロ発言……まあいい。泡の塊を鼻にくっつけるような小さなイタズラには、盛大なくしゃみでお返しすることにした。

 こんな小さな仕返ししかできない自分が恨めしい~。くすん


 風呂に入るのは毎晩のことなのに、飽きもせずに歌うボクちゃんと声の攻防を繰り広げていたある日(風呂の扉の開閉は早々に諦めた)、どうしてそうする気になったのか、体が自然と湯船の縁に上がってお湯に口をつけようと試みた。オレが非難してもアニソンを止めないから暇つぶしに? いや、まあもっと現実的な理由だな。何しろ十数分間、大声を出せば喉も乾く。必然とも言える。


 そこまではまあこの猫の行動としては予測範囲だったから、風呂のお湯なんか呑むのかよという抵抗はあるが、自分なりに慌てずにいた。ボクちゃんも特に興味を示さなかったので日常茶飯事の範疇だと判断した。だが、残念なことにお湯の量が若干足りなかった。目一杯入っていればこんな苦労を背負いこまなくて済んだものを!


 湯水を口にするために、片足を湯船の壁に着いて身を乗り出した。そこまではよかったけれど、顔を水面に近づけすぎていきなりバランスを崩した。あとは絵に描いたように、ドッ……プン。

 いやーっ、何が起きたの~~~~~っ。がぶがぶごぼごぼバシャバシャ。浴槽で大暴れだからぁぁっ



続く

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