第14話 第一章(続き)

 彼女が俺の手を掴んでひょいっと猫の背中からすり抜けると同時に、オレの霊体はぎゅるんと妙ちきりんな音を立てて猫に吸い込まれた。

『はあああああ?』もとい「にゃあぁぁぁぁん」

『やったあ、出られた。いえ~い、成功♪ ばんざーい』

『は? どういうこと?』


『ごめ~ん。実はさあ、アタシ、次の人が来るの待ってたのよね』

『え? 何ですと?』

『いや、何。次の人と交代出来ないと、この猫が死ぬまでまんまみたいなんだわ』

『はあっ? それを先に言えっての!』

『言ったら交代してくんないでしょ? ありがとね~。じゃあ行くわあ』


 オレは片手をあげて引き止めようと試みたが、いかんせん猫は片手? 片足? を上げるのがツライ体形だ。うぐぐぐぐっ、断念! ちくしょうめ

『おい、待て。こら、待てったら。この非道女! 悪女! くそ女!』

 仕方がないので大声を張り上げて非難するに留めた。家人に煩いとか言う理由で追い出されても困るから、それも一瞬のことだけどにゃ。


 窓際の壁に吸い込まれるように消えた女の幽霊を、オレは恨めしく見送ったのにゃ。これはない、マジでないにゃ。(う、なんで思考まで猫語ぽくなてってんのよ)いきなり猫に閉じ込められちまった。しかも、結構爺さんじゃね? どう考えても、元気に食べて遊んで楽しんでと、人生を謳歌できそうにもないじゃん。

 ぶすぅ。ハズレくじを引いちまったにゃ。


 がっかりしていたが、あん、待てにゃぁ~? 爺さんってことは、先は短そうではあるにゃ。にゃら、最期までこの体にいたとしても長い期間じゃにゃいのか? そう悪い条件でもにゃいのか? ただ、家猫じゃ、他の幽霊を探しに外出することもままにゃらにゃい。次の幽霊が来るのは期待薄であることだし、幽霊になったばかりだし、数年ぐらいなら猫でもいいにゃと考え直した。


 幽霊の数年なんて、多分あっという間だにゃ。……きっと? 多分? 馴れた頃には猫の寿命がくるにゃ。仕方なくではあるが猫に憑いて過ごすことを受け入れた。まあ、相当年寄りっぽい猫だから、数年と言わず直ぐにあちらに渡るかもしれにゃい。

猫でいることに胆が据わってみると、それなりに楽しめそうな気がするから不思議だにゃ。オレって生前と違って前向きにゃ。もう、縛られないぞって、あにゃ?


 不都合な事実は全部置いといて。心を決めたのはよかったが、残念ながら幽霊の状態で屋内の偵察は終わっているので、猫になってもあまりにもすることがにゃい。幽霊であるのと変わらないくらい暇にゃのだ。時間稼ぎ? のために、家人を観察して過ごすことにするにゃ。

 え? Gさま? どんなに暇でも、ぜってえ捕るか! 見えにゃい見えにゃい!


 いかんいかん、猫語っぽい脳内お喋りは心して改めよう。



 さて、猫(オレ)の腹を枕に寝っ転がっている坊やは、小学六年生に進級したばかりの末っ子だ。まだ、お子ちゃまだから、全体的にぷにぷにした印象だ。髪の毛もほほのふくらみも手の福々しい感じも、幼児っぽい。愛らしくもある。きっと家族から愛され可愛がられて育ったに違いない。

 男は中坊で体の成長とともに変わるのが常だからな。現状はこんなもんだろう。


 オレは結婚願望がなかったから、子どもを欲しいとか子どもがかわいいとか思ったことはなかった。寧ろ、煩くて我儘で面倒臭い存在だと思っていた。けれど、爺さん目線になっちゃったからか、なんだか放置できない気がする。孫ってこんな風に見えるものなのか? 子どもをすっ飛ばして孫ってか?……まあいい。


 このチビに霊感があれば、喋ったり遊んだりできて楽しそうなのに、残念ながら見えていないようだ。あの女の幽霊ときたら、ホントに不親切だ。何はともあれ誰かと交代したかっただけかもしれないが、もう少し詳しく色々教えておいてくれるとよかったのになー。せめて霊感のある人の見分け方とか、とか、とか……?


 やれやれ、一から自分で経験して学ぶしかないようだ。暇だからいいけどさ、ちょっと面倒臭い。他にも幽霊いるといいのになあ。交代しろとは言わないから、あの女の幽霊、戻って来ないかな。オレは誰かと喋りたくて仕方なかった。人は何人もいるのに何だかサミシイんだもの。くすん



続く

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