第10話 (第一章続き)
オレより数段格上に見える高級猫様は、暑いからなのかはっはと短い呼吸の繰り返しながら、もう一度目を細めておじさんを見遣った。「もっと撫でろ」という雰囲気でもない。何となくだが、気づかわし気というかおじさんの体調を心配して見ているような気がする。
まさかなあ……猫ってマイペースだから、あまり飼い主を気にしないと思っていたけれど、どう見たって心配してるよな? 価値観が揺らぐ。まあ、猫の見方が変わったからって、今更、何がどうなるってもんでもないけど、こういう凝り固まった価値観のせいで、生身の間、自分の人生を棒に振ってたような気にはなるな。
当のおじさんは靴箱に掴まって靴を脱ぐと、片足で器用に揃え横向きに置いた。それから上がり框に一旦昇って、溜息とともに明かりを消した。靴下のまま靴脱ぎ場を歩いたら、妻とか娘とかに嫌われない? 大丈夫かな、おじさん。こういうところが、家庭内の地位を低くしている
ん? 猫と目が合った? まさかオレを見ていました? 気のせいかとじっと見るが、もう興味を失ったのか丸まって目を閉じている。やっぱり、気配を感じているとか? まあいい。猫って人に見えないモノが見えるって聞いたことがあるぞ……背筋がぞおぉ、って、人には見えないモノってオレか? あ、ぞおっとしなくても、オレのことだ。アホらし。ふんす
ま、見えていたとしても、コイツに威嚇されないのであれば、居ても問題ないってことだろう。〈袖すり合うも他生の縁〉というくらいだ。幽霊になってからの知り合いではあるが、しばらくおじさんの家を堪能するのも悪くなさそうだ。どうせ時間は無限にある? のだろうし、飽きたら出て行けばいいだけのことだろうし。
オレは猫に挨拶もせず(家主に挨拶してないんだから問題ないだろ?)に、家の中を探索することにした。居つくことに決めたら、挨拶してやってもいい。猫は後回しで十分。ふっ、見下ろしているだけに上から目線だ。そう決めるととりあえず、おじさんの消えた方向に向かって、ふわふわと暗いままの廊下を通り抜けた。
結果、オレは病院に戻って自分の身体の行く末を見るのは止めて、この家に居座ることになるんだわ。明確な理由は翌日になってから目にしたことなんだけど、それを見る前から、他人の家を覗くなんて初体験で面白そうだし、オレの知らないようなことが起きるのではないかと、なんだかちょっとワクワクしていたからね。
なんでだ? 〈他人の不幸は蜜の味〉系? それとも〈隣の芝生は青く見える〉系?そうじゃなくて、家庭内地位の低いおじさんの家族を見てみたい野次馬根性が一番のような気がするのは気のせいだろうか? 〈喧嘩と火事は江戸の花〉ってな。オレっていつから江戸っ子だったけ? おほんおほん
ま、ともかくそんなこんなで居ついたこの家で、オレの第二の人生(幽霊でも人生って言うのか?)が始まったわけだ。あんな感情やこんな感情を抱くことになるとは、この時はオレは少しも予想していなかったけどな。うむ。
☆第一章の導入部分はこれで終わり、次話からは本文が始まります。
さて、他人様の家に勝手に入り込んだオレさんは、何を見てどう楽しむのか、家族のお話が始まります
お楽しみにね ☆
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