第41話 ホワイトデーで“どっちも一軍”って言うな

ホワイトデーまで、あと一週間。

土曜日のショッピングモールは、制服のまま来た高校生と家族連れでごちゃごちゃしていた。


「で、なんで俺は休日に真ん中返しの付き添いやってるんだろうな」


隣で歩く春川が、コンビニの袋をぶらぶらさせながら言う。


「自分で“返し会議やろう”って言い出したからだろ」


「会議は教室でやる想定だったんだけどなー。現地調査付きだとは思わなかったなー」


口調は文句だけど、顔は完全に楽しんでいる。


「ほら、あそこ“ホワイトデー特設コーナー”」


エスカレーターを上がった先の雑貨屋の前には、水色と白のポップが並んでいた。クッキー、キャンディー、マシュマロ、小さな焼き菓子の詰め合わせ。


「まずはクラス用ね」


春川が、勝手にカゴを手に取る。


「“1-Bのみんなへ”って書いておけば、だいたい丸く収まるやつ」

「丸く収まるって言うな」


「これはもうワリカン案件だからね。真ん中だけの負担にしない方向」

「そこは素直に助かる」


クラス用の小分けクッキーをひと袋カゴに入れる。問題は、その先だ。


「三角形枠は」


春川が、棚の上段を見ながら言う。


「“物としてはそんなに差をつけない”って話だったよな」


「……」


「だから、形は近いけど、中身と渡し方で変えるのがベストだと思うんだよね」


さりげなく正論を言ってくるのが腹立つ。


「たとえばこれ」


春川が取り出したのは、小さめの缶入りクッキーだった。デザイン違いで二種類。ひとつは落ち着いた花柄、もう一つは少しポップな星柄。


「缶は同じサイズ、中身もだいたい同じ。でも、雰囲気はちょっと違う」


「……なるほどな」


「落ち着いたほうは“これからもよろしく系”に合いそうだし、ポップなほうは“今こう思ってる系”と相性良さそう」


安達と美咲の顔が、頭の中で缶の上に勝手に重なった。


「どっちがどっちかは言わないけど」


「今完全に言ったようなもんだろ」


それでも、選びやすくなったのは事実だった。


落ち着いた花柄のほうを手に取る。


「こっちは……前の席のやつかな」


「ふむふむ」


「去年の春からずっと、勉強とかいろいろ助けてもらってるし」


「“これからもよろしく”ゾーンね」


「星柄のほうは」


迷うまでもなく、もう片方を手に取る。


「右の席のやつ」


「“今こう思ってる”ゾーンね」


「言い方変えろ」


春川は、カゴの中身を見ながらニヤニヤした。


「どっちも一軍だな」


「一軍って言うな」


「スタメンって言い方が良かった?」


どっちもそんなに変わらない。


 


会計を済ませて店を出ると、フードコートの横にちょっとした休憩スペースがあった。ベンチに座って、買い物袋を足元に置く。


「で、“中身”のほうはどうすんの」


春川がストローをくわえながら聞いてくる。さっき買ったジュースの氷がカランと鳴った。


「中身?」


「メッセージとか、タイミングとか、言うこととか」


「まだ考え中」


「そこが一番大事だぞ真ん中さん」


「知ってるよ」


春川は、少し空を見てから言葉を続けた。


「安達にはさ、“これからもこの位置で頼りにする”って感じのが一番しっくりくる気がする」


「……まあ、そんな感じだな」


「右の人には、ちょっとだけ“今の距離感”出したほうがいいと思う」


「今の距離感?」


「記事出てから、三角形の空気ちょっと変わったじゃん」


たしかに、レイ先輩の「真ん中から見える景色」以降、クラスの中での自分の立ち位置だけじゃなく、前と右との距離感も微妙に変わった。


「たぶんさ」


春川は、ジュースを一口飲んでから続ける。


「二人とも、“真ん中の蓮”じゃなくて“蓮として”渡してきてると思うんだよね」


「……」


「だから、返すときも“真ん中係として”じゃなくて、“蓮としてこう思ってる”って出したほうが、誤差少ない」


「誤差とか言うな」


「ほら、真ん中LVのページ的にはさ、“クラスの真ん中”だけじゃなくて、“個人的な真ん中”もあるわけじゃん」


ノートの中の数字が、頭の中で勝手にめくれた。


真ん中LV

クラス全体のバランス

三角形の重心

自分の気持ちの位置


全部、ごちゃごちゃに絡まっている。


 


夕方、家に帰ってから、机に買ってきた缶を並べる。


花柄と星柄。

サイズは同じ。重さも、たぶんほとんど同じ。


違うのは、これから中に入れるものと、一緒に添える言葉だけだ。


便箋とペンを用意して、まずは安達のぶんから書き始める。


 『ほのかへ』


名前を書いた時点で、一回ペンが止まった。


(“安達”じゃなくていいのか)


でも、バレンタインのメモには、普通に「蓮へ」って書いてあった。

そこに合わせるなら、こっちも名前でいい。


 『ほのかへ

  バレンタインのチョコ、ありがとう

  いつもノート見せたり、一緒に勉強したりしてくれて助かってる

  来年度も、前線のどこかで頼りにさせてください』


書きながら、少しだけ笑ってしまう。


「前線のどこかで」って何だよ。


でも、らしいと言えばらしいかもしれない。


最後に、一行足す。


 『真ん中がうまく立ててるのは、だいたいほのかのおかげです』


封筒に入れて、花柄の缶の中にそっと入れる。

蓋を閉めた瞬間、肩のあたりから少しだけ力が抜けた。


 


問題は、もう一通だ。


星柄の缶のほうに便箋を一枚用意して、名前を書く。


 『美咲へ』


ここから先の文章が、なかなか出てこない。


“佐藤(仮)”としてじゃなくて、“美咲”として。

“真ん中係”としてじゃなくて、“蓮”として。


廊下で聞いた三つのヒントが、頭の中をぐるぐる回る。


・倍返しはいらない

・苗字に引きずられすぎない

・真ん中の景色を、ちょっと分けてほしい


ペン先を紙の上に置いて、ゆっくりと動かす。


 『美咲へ

  バレンタインのチョコ、ありがとう

  “佐藤同士チョコ”ってシールを見たとき、ちょっとだけ笑った』


ここまでは、ほとんど事実報告だ。

問題は、この先だ。


 『“佐藤”って呼ばれるときと、“美咲”って呼ばれるときがあるけど

  俺の中では、どっちもちゃんと“美咲”として覚えてる』


自分で書いておきながら、恥ずかしさで便箋を丸めたくなる。でも、なんとか続ける。


 『記事で“真ん中から見える景色”って書かれてから。その景色の中に、前と右がちゃんと入ってるの、悪くないなと思った』


一回息を吐いて、最後の一行を書き足す。


 『これから“真ん中”って呼ばれるのがしんどいときは

  ちゃんと“蓮”って呼んでくれ

  その代わり、“蓮”として見える景色も、ちょっとずつ渡していく』


書き終わった文字を、自分で読み返して、頭を抱えたくなった。


(やっぱりやめるか……)


便箋を持ち上げて、しばらく迷う。

でも、これ以外に今の自分が出せる言葉は、多分ない。


折りたたんで封筒に入れ、星柄の缶の中へ。


蓋を閉めて、二つの缶を並べてみる。


どっちも同じくらいの大きさで、同じくらいの重さ。

でも、中身は、少しずつ違う言葉。


それでいい。

それくらいは、違っていていい。


ノートの“真ん中LV”のページを開く。

端のほうに、小さく書き足す。


 ・ホワイトデー返し準備完了

  “角へのお礼”と“右への景色”を用意した


その下の数字を、少しだけ上げる。


 真ん中LV.2.3 → 2.5(返す側の準備込み)


さすがにまだ3には届かない。

でも、少なくとも今日は、“乗せられたもの”だけじゃなく、自分から何かを乗せ返す準備ができた日だった。


スマホを見ると、ちょうど通知が一つ。


 【misaki_s】

 『ホワイトデー返し会議、進捗どうですか真ん中さん』


少し迷ってから、こう返す。


 『とりあえず、“どっちも一軍”って言われた』


 【misaki_s】

 『それはそうとしか言えない』


 【adachi】

 『それはそうだと思います』


二つの返信を見て、思わず笑ってしまう。


“どっちも一軍”なんて、雑な言い方だ。

でも、その雑さも含めて、この三角形らしい気がした。

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