第34話 初詣で“お願いの中身”を暴くな

一月三日。さすがに正月番組にも飽きてきた昼過ぎ、グループラインに春川が投げてきた。


 【春川】

 『初詣行かん?』

 『暇な人』


 【misaki_s】

 『はい暇〜』


 【adachi】

 『午後なら大丈夫』


 【俺】

 『どこ集合』


 【春川】

 『駅前三時 地元の神社→屋台→解散のテンプレコースで』


三が日だし、本気で混んでる時間は避けよう、ということで、少しずらした午後三時集合になった。


 


 駅前に着くと、ロータリーの空気がいつもと違う。スーツケースの人が少なくて、その代わりに、なんとなく“お出かけ”用の格好をした人たちが多い。マフラーやコートがいつもより色付きな感じがする。


「おーい、真ん中」


 手を振る声のほうを見ると、美咲がいつもより落ち着いた色のダッフルコートを着て立っていた。首元のマフラーだけは、やっぱり元気な色だ。


「真ん中で呼ぶな」

「新年だし、仕事始めの挨拶みたいなもんでしょ。真ん中係の初詣出勤」

「その部署から辞表出したいんだけど」


 その横で、グレーのコートに黒いマフラーの安達が小さく会釈してくる。いつもより少しちゃんとしたバッグを肩にかけていて、「初詣行きます」感がきっちりしていた。


「遅くなってごめん。バスがちょっと混んでて」

「時間ぴったりだよ」

「よし、真ん中係の点呼クリアだね」

「だから増やすなって、その肩書き」

「はーいはーい、夫婦漫才始まってるところ悪いけど、ぼくもいるんでね」


春川が、コンビニ袋を片手にひょこっと現れた。「飲み物は現地高いから事前に買ってきた」らしい。こういうところの抜け目のなさだけ、妙に大人だ。


 


 四人で歩いて、商店街を抜ける。正月飾りがまだ残っていて、八百屋の店先には「正月野菜セール」とか書かれた手書きポップが並んでいた。神社の鳥居が見えてくると、参道には屋台がぎっしり並んでいる。


「じゃ、順番としては、お参り→おみくじ→屋台ね」


春川が自然に進行役をし始める。


「なんでそんなに段取りいいんだよ」

「毎年同じルートだから。ここ、うちの家の“ホーム神社”なんだよね」


 鳥居をくぐると、冷たい空気が一段階変わる。人混みのざわざわと鈴の音が混じった音の中で、社殿まで伸びた列の最後尾に並んだ。


「お願い、何にする」


美咲が、前の家族連れの背中を見ながら聞いてくる。


「決めてない」

「“今年も真ん中でよろしくお願いします”でしょ」

「神様にまで真ん中報告すんな」

「私は決めてるけどね」

「何お願いするんだよ」

「ひみつ」


いつもならすぐ言いそうなのに、ここだけは珍しく口をつぐむ。その様子を見て、安達がくすっと笑った。


「私はもう決めてるよ」

「さすが準備の鬼」

「内容は?」

「ひみつ」


二人して揃えてくるあたり、何か企んでる気しかしない。


 


 列が少しずつ進んで、ようやく自分たちの番に近づく。手水舎で手を洗って、賽銭箱の前に並んだ。


鈴を鳴らして、二礼、二拍手、一礼。


目をつぶって、何をお願いするかをまとめる。


(今年もクラスの真ん中あたりで、変なバランス取らされるんだろうな)


 それが嫌だ、というよりは、どうせ逃げられないならもう少し上手くやれるようになりたい気持ちが強い。


(困ってるやつ見落とさないで、変なノリが暴走しそうになったら止められて、でも空気ぶち壊しにはならない感じで)


文章にすると長くなる願い事を、頭の中でざっくり一行にまとめる。


(今年も、真ん中でヘタな転び方しませんように)


自分でも意味がよく分からない日本語になったけど、神様側の処理能力を信じることにする。


 


お参りが終わったあと、境内の端のおみくじコーナーへ移動した。木の箱に百円玉を入れて、紙を引く。四人とも同時に開封する。


「わたし中吉」

「俺も中吉」

「小吉」

「……末吉」


最後のは俺だった。


「安定してるなあ、真ん中」


春川が笑う。


「下から数えたほうが早いぞ、それ」


「でも“真ん中LV.1.5”にはふさわしい感じじゃない?」


美咲が俺のおみくじを覗き込んでくる。


「“なまじ良くも悪くもない感じが、真ん中感でる”ってやつ」

「フォローなのかディスなのかはっきりしろ」


おみくじの内容の細かいところを読む。


 願望:あせらず時を待て

 恋愛:今は静かに見守れ

 学業:やれば伸びる

 人間関係:かかわりすぎず、離れすぎずがよし


(……まあ、悪くないか)


「私は大吉寄りの中吉って書いてある」


美咲が自分の紙をひらひらさせる。


「“笑顔を忘れなければ、大体うまくいきます”だって。雑」

「いや、それは当たってるんじゃないか」

「安達は」

「中吉。現実的なことばっかり書いてある。“計画的に動けば損はせず”とか、“数字を見て判断を”とか」

「神社のおみくじでまで数字勧められてるのかよ」

「向いてるってことなんでしょ」


安達はあまり気にしてない様子で、きれいにたたんで財布にしまった。


「俺の末吉は、“身の丈にあった真ん中を目指せ”って書いてあった」

「絶対書いてないよね、それ」


 


木の枝に、おみくじを結びつける人たちが並んでいる。結ぶ派と持ち帰る派に分かれているらしく、「ここに結ぶと運勢リセットされる」とか「持ち帰ると現場保存」とか、よく分からない噂が飛び交っていた。


「どうする」

「私は持ち帰る。家計簿の横に貼る」


安達の判断はブレない。


「私は結ぶ。ここで運勢放流して、代わりに屋台で運を拾う」


美咲は、器用に枝にくくりつけていた。


「俺は……」


少し考えてから、ポケットにしまう。


「持ち帰る派で。ノートの“真ん中LV”のページにでも貼っとくか」

「なにそれ」

「自己管理表」

「真ん中係の成績表かな」


美咲は笑って、俺の肩を軽くつつく。


「“ヘタな転び方しませんように”って顔してたもんね、さっき」

「見てたのかよ」

「横で見守る係だから」


安達がさらっと言い足す。


「後ろで見守る係もいるしね」


後ろを振り返ると、春川が綿あめの屋台をロックオンしていた。


 


屋台ゾーンに移動すると、焼きそば、たこ焼き、じゃがバターの匂いが一気に押し寄せてくる。財布の中身と相談しながら、それぞれ好きなものを買った。


たこ焼きをつつきながら、ふとスマホが震いた。画面には、レイ先輩の名前。


 【rei_cam】

 『あけおめ〜、今、別の神社で“広報初詣”してるんだけどさ』


メッセージの下には、写真が一枚添付されていた。絵馬がずらっと並んだ中に、「1-Bの真ん中の人たちが今年もほどよくバズりますように」とかいた絵馬がど真ん中にぶら下がっている。


 『バズるな、神様にまで広報すんな』


すぐ返信すると、スタンプと一緒に返事が来た。


 『今年も素材は大事にしていきたいんでね、ところで、初詣ショット撮れたら送って〜、学校ブログで“1-Bの冬”特集組むかも』


「誰」


たこ焼きの串を咥えたまま、美咲が覗き込んでくる。


「レイ先輩。絵馬で遊んでる」

「見せて」


スマホを見せると、美咲が「うっわ」と笑った。


「“1-Bの真ん中の人たち”ってまとめ方ずるくない」

「ずるいよね」


安達も画面を覗き込む。


「でも、“人たち”って複数形にしてくれてるの、ちょっと丁寧だと思う」

「確かに。“真ん中の人”って単数形だったら、もっとややこしい」

「“佐藤(蓮)と、その周辺”って書かれるよりはマシか」

「今その言い方したの自分だからね」


 


再びメッセージが飛んできた。


 【rei_cam】

 『新学期入る前に、“1-Bの一年”まとめ記事書きたいんだよね。文化祭の写真とか、冬のショットとか、ちょっと借りるかも』

「……これ、たぶんどっかでネットに出るやつだよな」

「学校ブログでしょ」


安達が言う。


「外から見たときの“1-Bの真ん中”って、どんなふうに写るんだろ」

「“真ん中かどうか”って、写真だと分かりにくいけどね」


美咲がたこ焼きのソースを拭きながら言う。


「両サイドに人が写ってれば、“あ、真ん中なんだな”って伝わるかな」

「やめろ。写真に写る位置を計算しながら歩くとか、めんどくさすぎる」

「でも、もしレイ先輩の記事見て、“この真ん中の人推せる”って言い出す人がいたら、ちょっと面白くない」

「そんな物好きいないだろ」


そのときは、まだ本気でそう思っていた。


 


参道を一周して、屋台で買ったものを食べ尽くした頃、空はすっかり夕方の色になっていた。神社を出る前に、最後にもう一度だけ振り返る。鳥居の向こうに、さっき自分たちがお参りした社殿が小さく見えた。


「じゃ、そろそろ帰るか」


春川がゴミ袋をまとめながら言う。


「今年もよろしく、真ん中」

「はいはい。よろしく」

「“今年もよろしく、真ん中の左右”でもあるよ」


美咲が安達と自分を指さす。


「その肩書き、いつまで有効なんだろうな」

「少なくとも高1が終わるまでは」


安達が静かに言う。


「その先のことは、またそのとき考えればいいんじゃない」

「とりあえず、今年のお願い」


美咲が、空に向かって両手を伸ばす。


「“真ん中がヘタに転んだとき、ちゃんと両側から支えられますように”ってことで」

「勝手に補足つけるな」

「違うの」


美咲は笑って、少しだけ真面目な顔になった。


「“真ん中でちゃんと立ってられますように”ってお願いしたの。さっき」

「私は、“真ん中が必要以上に疲れませんように”」


安達も、さらっと言い添える。


「……そんなお願いしてたのかよ」

「まあね」


二人の横顔を見ながら、さっき賽銭箱の前で自分が考えた、日本語になりきらないお願いごとを思い出す。


(今年も、真ん中でヘタな転び方しませんように)


どうやら、こっちが思っている以上に、両サイドは最初からその前提で動いてくれているらしい。


「とりあえず、今年も真ん中でよろしく」


美咲がもう一度そう言って、軽く手を振った。


「……はいはい」


小さく返事をして、駅前までの道を四人で歩き出す。


真ん中の立場は、やっぱり今年も、簡単には辞めさせてくれそうにない。

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