昼の約束
NALI
昼の約束
プロローグ
昼休みのざわめきが胸に刺さる
僕(瀬田湊)はいつもの屋上へ向かった
春斗とだけ共有していた場所
そこにいるはずの声は無い
風の音だけが響く
スマホを開くと知らない番号から
『今日の昼って一緒だっけ』
ショートメール?
絶対に春斗だ
そう確信して通話ボタンを押した
だけど機械音が返る
「この番号はお繋ぎできません」
どうして
声にならない問いが空に溶ける
そのとき背後で扉が開いた気配
ここにいたんだ
振り返ると陽菜が立っていた
柔らかい笑顔
優しくてあたたかい表情
「春斗今日来てないね
心配だよね
私も胸が苦しい」
彼女の声は震えていた
本当に心配しているみたいだった
「……うん」
僕は答えるのがやっとだった
屋上の風が優しい
なのに胸は冷たくなっていく
「大丈夫
ひとりにしないからね」
陽菜はそう言って隣に座った
その目は真っ直ぐで
僕を支えようとしていた
その瞬間だけ
消えてしまいそうな孤独から
少しだけ救われた気がした
第2章:昼という約束
昼休みが終わってから
誰かの笑い声が遠くに聞こえるたび
胸の奥がざわつく
春斗の机は
朝よりもさらに空虚に見えた
そこだけ空気が無いみたいだった
授業中
何度もスマホを開きそうになるけど
バレたら没収される
校則はやたら厳しい
理由は誰も知らない
僕は黒板を見ているふりをしながら
頭の中ではずっと考えていた
今日の昼って一緒だっけ
ただの誘いじゃない
僕らはいつも屋上で食べていた
わざわざ言う必要なんて無い
なんで昼って言ったんだろう
視界の端で
陽菜が心配そうにこちらを見ていた
目が合うと
小さく笑ってくれた
「春斗くんのこと…きっと大丈夫だよ」
その声が
救いみたいに胸に落ちた
僕は机に視線を落とす
そして気付く
昼
ひる
十二時
だけど
春斗が消えたのは二限のあと
十二時なんてまだ
数字が脳裏でつながる
一と二
一限
二限
あの間
昼って…
十二じゃなくて
一と二
ドクンと心臓が跳ねた
春斗は
ここで何かを見た
それを僕に伝えたかった
助けを求めていたのかもしれない
第3章:探すということ
放課後の廊下はやけに静かだった
笑い声がないだけで
こんなにも冷えるものなんだと思った
帰ればいいのに 足が動かない
家に帰ったら
春斗は一人のままなのかもしれない
そんな気がして
メッセージの「昼」
一と二
一限と二限のあいだ
あのとき 春斗は何を見た
僕は鞄を握りしめて
旧校舎へ続く扉の前に立っていた
普段は鍵がかかっている場所
でも今日は少しだけ開いている
風で開いた隙間じゃない
誰かの意思が残ったままみたいな
湿った空気が流れ出す
胸がきゅっと縮む
でも行かなきゃいけない
そう思った瞬間
「……湊くん」
振り返ると 陽菜が立っていた
肩で息をして
本当に探してくれていたみたいだった
「教室にいなかったから…心配で」
声が震えている
嘘じゃない
この子は本気で心配してくれている
そう思った
「春斗くん まだ見つからないんだよね…?」
僕はうなずくしかできない
陽菜はそっと僕の袖をつまんだ
その温度で
涙が出そうになる
「無理しちゃだめ
でも…行くなら 私も一緒に行く」
こんなときに
誰かが隣にいてくれるって
それだけで救われるんだって
初めて知った
「行こう」
陽菜は小さくそう言った
僕は扉の向こうを見る
薄暗い階段
ひゅん…ひゅん…となにかの機械音
怖い
でも
進むしかない
第4章:旧校舎の息
扉を押し開けると
湿った空気がゆっくりと流れ出した
そこだけ世界が古びて止まっているみたいだった
階段は薄暗い
埃っぽい でもそれだけじゃない
鉄と薬品を混ぜたような匂いが少しする
「……ここ こんな匂いしたっけ」
陽菜が小さく呟いた
知らない声だった
不安を押し込めるみたいな弱い声
僕は返事せずに
階段を一段ずつ降りた
ひゅん……ひゅん……
機械が息をしているみたいな音
一定の間隔
鼓動より無機質で
それが逆に胸を締めつける
踊り場に差し込む光に
細かい埃が舞っていた
その中に
小さな紙片が落ちている
拾うと
そこには鉛筆で走り書きがあった
> きこえる?
手が震えた
春斗の字だ
間違いない
陽菜が肩越しに覗いて
息を飲む
「湊くん……春斗くん ここに来たんだよ」
僕は頷く
声が出なかった
階段を降りきると
扉が一つだけ
冷たい光の線が下から漏れている
こつ
小さな音が響いた
内側で何かが動いたような
気のせいじゃなかった
陽菜の手が
そっと僕の袖を掴む
その震え方が
僕の恐怖よりずっと強かった
「湊くん もし……誰かいたら」
「春斗だよ」
自分に言い聞かせるみたいに返す
鼓動が耳に響く
手汗でドアノブが滑る
でも握り直して
開けた
きい……と金属の音
ゆっくりと光が広がって
その奥に
人の影
「……春斗?」
僕の声はかすれていた
微かに振り向く
その姿は暗闇に溶けかけていた
髪は乱れて
目が赤くなっていて
泣き跡が見えた気がした
「……湊……?」
その声を聞いた瞬間
光景がにじんだ
生きてる
本当に
陽菜が口元に手を当てて
小さく泣きそうな声で言う
「よかった……ほんとによかった」
だけど
その後ろに
見たことない装置があった
銀色の箱
太いコード
わずかに点滅するランプ
現実の音が遠のいた
学校じゃない
こんな場所
何をさせようとしてた?
春斗が震える声で言う
「……行こう……ここにいたら……次は湊が……」
その言葉で
すべて理解した
僕らは
見つけちゃいけないものを見た
終章:さよならじゃないのに
春斗は保健室みたいな匂いのする黒い車で去った
振り返って僕に手を振る
少し痩せていたけど
ちゃんと生きていた
校門の前で立ち止まる
僕達の距離はまるで
時間を抱えているみたいに重い
「湊
学校の闇に飲まれるな
困ったら俺を尋ねて来てくれ
俺は……」
そこで言葉が詰まる
春斗は陽菜を見た
眉がわずかに震えた
「……俺は彼女を知らない」
え
何言ってんだ
僕は横にいる陽菜を見る
僕の袖を握っている
ずっと一緒にいた陽菜
春斗は静かに続けた
「彼女どこのクラスの子」
刺すような静寂
喉がうまく動かない
「……同じクラスだろ
お前の彼女だろ」
春斗の顔色が変わる
目の奥に恐怖が灯る
「湊
俺は見たんだ
湊の隣にいたのは……」
言葉が震えて
掠れて
消えた
陽菜が僕の手をそっと握る
その指先は微かに冷たくて
でも温かくて
そのバランスが狂っていた
「湊くん」
陽菜が微笑む
優しい声
変わらない顔
「ひとりじゃないよ」
風が吹く
校舎の窓がいっせいに光る
誰かが
何かが
見ている気がした
春斗は僕の肩を掴む
その目は必死で
僕だけに何かを伝えようとしていた
「お前の…横にいるその子は…」
陽菜が春斗を見た
ゆっくり
笑わず
ただ見た
春斗は息を飲み
何も言えなくなった
そして
車は走り出した
残された校門の前
僕と陽菜だけ
風の音
チャイム
全部が遠くなる
僕は横を見る
……誰?
見える
触れる
声が届く
温度がある
なのに
心の奥が叫んでいた
知らない
じゃあ今まで
一緒にいたこの子は
誰なんだ
陽菜が僕の腕に指を絡める
柔らかい声で
「湊くん
これからも
ずっと一緒だよ」
その瞬間
世界の音が止まった
昼の約束 NALI @TONALI
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