第37章 好きなだけでは続かない


タケルは少女のために、大きめの自転車置き場の中にブランコを創り出した。




「うわぁ……すごい」



少女の瞳が輝いた。




「ほら、遊んでいいよ?」

「え……いいの?」

「うん。好きなだけ」




その言葉を聞いた瞬間、少女の頬にぽたりと涙がこぼれた。




「ど、どうしたの?」

「……ううん! なんでもない!」




泣き笑いのまま、少女はブランコへ駆け寄った。

錆びついた鎖のような音が、雨の中でかすかに響く。


少女は鎖を握りしめ、ゆっくりと漕ぎ始めた。



「わぁ……ちょっと、こわい」

「最初はゆっくりでいいんだよ」




タケルは微笑んだ。

ブランコの揺れが赤い空に線を描く。

その軌道が、まるでこの世界に“時間”を生んでいるようだった。




少女の髪がふわりと揺れ、雨粒を散らす。

笑い声が響くたび、タケルの胸の奥が少しだけ熱くなる。




(……やっぱり…子供はいいな。)




そのときはまだ知らなかった。

“好き”という気持ちは、時に人を癒し、

そして——静かに壊していくものだということを。




「ねぇ、あそぼ。タケル」

「ブランコしたい」

「ねんねしたい」




少女の声は、毎日同じ響きをしていた。

最初は愛おしかったその呼びかけが、

いつの間にか、タケルの胸を締めつける音に変わっていった。




三か月が過ぎたころ。

タケルは、ふとため息をついた。




拒絶したいわけではなかった。

少女が嫌いになったわけでもない。



——ただ、疲れていた。


この世界には“朝”も“夜”もない。

眠ることにも、目覚めることにも意味がない。

降り止まぬ赤い雨の下で、時間という感覚だけがじわじわと溶けていく。




「ごめん。ちょっと眠くて……」

「考え事があるんだ」

「ごめんね、お兄ちゃん疲れてるから……一人で遊んでてくれる?」




少女は黙って頷いた。

その瞳の奥で、何かが小さく砕けたように見えた。




半年が過ぎたころには、

タケルの頭の中は“帰る方法”のことでいっぱいだった。

少女と笑い合う余裕など、もうどこにもなかった。




「……クソ。なんだよこれ……」

タケルは両手で頭をかかえた。

「いつまでこんなこと、してなきゃならないんだ……」




赤い雨が地面を叩く。

その音が、まるで責め立てるように響いた。

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