桜井ほのかのオカルト日記
野崎渚
事故物件に泊まろう!1
「滋賀県のA邸にやって来ました! 今日はここで泊まってみようと思います!」
22時。スマホを片手にハキハキとした元気な声で、悪寒のするような静けさをも吹き飛ばす彼女の名は、桜井ほのか。23歳。職業はクリエイターである。
そんな彼女には、生き甲斐とも言える好きなものがある。それは、オカルトである。オカルトと一概に言っても様々ある。都市伝説や、妖怪、未確認生物、UFOなど。しかし、彼女が愛しているのはそれではない。幽霊である。
「じゃあ入って行きまーす!」
呑気な声で扉を開けて入って行くだけで、彼女のコメント欄には次々と文字が書き込まれていく。ほのかのチャンネルは、24万人もの登録者がいる人気心霊系配信者なのだが、どうやら本人もここまで伸びてしまうとは想像もしていなかったらしい。しかし、スーパーチャットやメンバーシップから入ってくる金で心霊スポットを一泊借りたり、心霊写真を購入するようになり、生活はさらにオカルトに侵食されている。ちなみに今夜来ている場所も、ほのかが6万ほど払って借りた事故物件である。
「うわ、マネキン置いてあるんだけど。ウケる」
扉を開けてすぐ、ほのかは鼻で不気味な顔をしたマネキンを笑った。その瞬間を見ていた視聴者は、すぐさま「呪われるぞ」とほのかを忠告する。しかし、彼女はコメント欄など見ておらず、今夜泊まる心霊邸に目を輝かせていた。
「配信前に土地の管理者さんから話聞いたんだけどね、ここマジで出るんだって! 楽しみだね!」
ほのかの発言に引く視聴者が出る中、彼女は靴を脱いで部屋の中に足を踏み入れた。部屋は居間と和室に別れており、居間の方には階段があった。
ほのかはまず、玄関からすぐ近くの居間を探索することにした。
「居間は結構綺麗な部屋だね。テレビもあるし暇にならなさそう!」
再び呑気な発言をしているが、ほのかも全く怖いわけではなかった。その証拠に、カメラを持つ指先が震えだし、ほんの少しの汗が垂れている。
ほのかはひとつ息を吐いて、テレビの前に腰を下ろした。カメラはちゃぶ台の上に雑に置かれ、視聴者は一瞬、何が起こったのか分からなくなる。
「こわい……」
ほのかがそう呟くと、コメント欄はたちまち盛り上がる。カメラの存在を忘れていたほのかは、急いでスマホを持ち上げる。視聴者が退屈していないか見るためだ。
『あ、やっと見た』
『テレビ貞子出てきそう』
『トイレ行けない』
『ほのかちゃん大丈夫?』
視聴者は怖がるほのかを面白がるわけではなく、心配の眼差しで見ていた。それが、彼女にとっては不満だった。
「ちょっと、心霊スポットって怖いのが面白いんだから! 怖がってる私のこと見て心配しないでよ!」
ほのかは友達に話すような口調で、スマホに向かって話しかけた。するとコメント欄は一気に『草』という文字で埋まった。
ほのかは立ち上がり、居間の端から端を行き来し始めた。棚に飾ってある不気味な絵と、埃を被った家具たちは、より心霊スポットの雰囲気を際立たせていた。
「よし、じゃあこの部屋写真撮ろう」
ほのかはそう言うと、スマホを再びちゃぶ台に置いて、リュックサックの中からカメラを取り出した。
1枚、2枚、いろいろな角度から写真を収める。すると突然、冷気のようなものが、ほのかの首筋をふわりと触れた。
「冷たっ!」
思わず叫ぶと、コメント欄は『幽霊!?』と騒ぎ出す。もちろん今のはただの風だが、コメントのせいでそう思わざるを得なくなってしまう。
「今のは風!」
スマホを拾い上げ、カメラをリュックサックにしまう。そしていそいそと彼女は和室の方へと進んでいった。
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