【二章完結】山育ちの最強魔術師。でも、常識力はゼロでした!~世間知らずな腹ペコポンコツ少女は今日もやらかす~
八木崎
一章
見習い魔術師、山を離れて迷子になる
「ふぅ……」
金色の髪と金色の瞳を輝かせる見習い魔術師の少女――イヴは歩く。
貰ったばかりの新品の杖を右手に携え、背中にはリュックを背負って。
ここは人里からとても離れた山中の獣道。
人の気配はまるで無い。
草木は好き勝手に伸び放題。道なんてほとんど無い。
そんな道なき道をガサガサかき分けながら、イヴは進む。
進む先に何があるか? もちろん知らない。
「街って、どんなところなんでしょう……ワクワクしますね!」
住み慣れた山の外の世界。
どんな生き物や人が住んでいるのか。
どんな世界が広がっているのか。
それを全くといって知らない。
本で少し読んだ程度の知識しかない。
実物はもちろん見たこともない。
イヴが知っているものといえば、故郷の周りにあるものだけ。
周りの草木や花々、そこに生息する動物たち。
それ以外のものに関しては、彼女にとって未知の領域である。
この先に何があるのかは知らない。
だが、きっと楽しいことや面白いことで満ち溢れている気がする。
と、そんな期待に胸を膨らませていた。
「よっ……と」
イヴは一旦歩みを止め、立ち止まる。
それから振り返って視線を斜め上に向けた。
その視線の先には、イヴの住んでいた古びた山小屋があった。
正確な年数は分からない。
しかし、とにかく長い時をそこで過ごしてきた。
イヴと山に生息する動物たち。
そして……もう一人。
彼女が師と仰ぐ人物と共に。
『……この先をまっすぐ歩いて行くといい』
『そうすれば、お前の望むものが待っているだろう』
『くれぐれも無理はしないように』
『初めて会う人には必ず挨拶をすること。礼儀は大事だぞ』
『あと、周りに迷惑を掛けないようにしなさい』
そして師はイヴが進んできた方向を指差して、彼女に向けてそう言った。
普段ではしない様な優しい口調で、諭す感じに。
ならば、それを疑う事なんて弟子として恥ずべきこと。
他ならぬ尊敬する師がそう言ったのだから、信じない訳がない。
「お師匠様……私、行ってきます!」
深く頭を下げ、再び前を向く。
振り返ることはない。
目指すは、まだ見ぬ世界。
そして長い長い時間を掛けて。
イヴはようやく開けた場所、人の往来のありそうな街道へと辿り着いた。
だが、そこには自分以外の人の姿は誰一人といない。
「うわぁ……凄いです……!」
初めて目にするその光景を見て、感嘆の声を漏らすイヴ。
気分はどんどんと高揚していく。
けれども、そこはまだ目的地では無い。
彼女が目指すのはもっとその先。
大勢の人が共存して暮らす、見知らぬ土地である。
だからこそ、イヴの歩みは止まることは無かった。
その街道の更に先を目指して、彼女は再びまっすぐ進んでいく。
ふと、イヴは空を見上げてみた。
そこには雲一つ浮かんでいない、快晴の空が広がっていた。
この青く広い空の先。
そこに何が待ち受けているのか。
それを思うだけでイヴの心は高まるばかりである。
「よぉーしっ……!」
気分が高まったイヴはペースを上げ、走り出した。
青い空の下、草の匂いを嗅ぎながら、走る。
ただ走る。未知の世界へ、ただ走る。
一体どれだけ進めば目的地に辿り着くのか。
それは分からないけれども、今のイヴには関係は無かった。
今はそう……好奇心の赴くままに、ただただ駆け抜けていくだけだった。
そうしてイヴは……迷子となった。
「……あれぇ?」
見渡す限り、木、木、木。鬱蒼と生い茂る森の中。
どうやら、師の指示通りまっすぐ進みすぎたせいで、完全に迷子になったらしい。
「えっと、ここは……どこなんですかね……?」
不思議そうな表情を浮かべながらも、なんだか楽しそうに呟くイヴ。
今日も、天然大暴走は始まったばかり――
******
「とりあえず、お師匠様はまっすぐ進んでいけばいいと言っていましたけど……まだまだまっすぐでいいんでしょうか……?」
そう言いながらも森の中をキョロキョロしながら進むイヴ。
足を止めることなく、ひたすら前へ前へと進んでいく。
その先々には自分が暮らしていた山と変わらぬ光景。
さっき見た街道の立派さは消え、緑一色の世界。
それがどこまでも続いているだけだ。
「……本当にこの先に、『街』という場所があるのでしょうか……?」
不安げな顔を浮かべるイヴ。
彼女が目指しているのは、『街』と呼ばれる場所だった。
師が言うには、そこに行けば『冒険者』というものになれるのだとか。
「冒険者……一体どんな人たちがいるんでしょうか。すごく楽しみです!」
イヴは冒険者というものに憧れていた。
眠れぬ夜、師が語ってくれた冒険者による冒険譚の数々。
数多くの強敵と戦い、様々な苦難を乗り越えた勇敢なる者たちの物語。
『私もいつか、そんな風になりたいです!』
などと淡い幻想を抱いていたのである。
そんな憧れの職業である冒険者になるための方法を師に尋ねたところ。
『冒険者になるためにはまずギルドのある街に行く必要がある』
という答えが返ってきた。
師が言ったギルドというものは分からない。
が、とにかく『街』という場所に行けばいいというのは、幼いイヴでも分かった。
「だから、『街』に行って……早く一人前の冒険者に!」
そう言ってふんすっ、と鼻息を鳴らして、イヴは拳をぎゅっと握りしめる。
しかし、今のイヴはまだ自分が迷子だということに気付いていない。
そのことに気付かないまま、イヴは意気揚々と森の中を突き進んでいく。
そうしてしばらく歩き続けた……その時だった――
突然、前方の茂みから小さな影がひょこっと現れた。
「わわっ……な、何ですか……!?」
その生物はイヴにとって、見たこともない姿をしていた。
小さな緑色の生物――所謂、ゴブリンだった。
小柄で耳はピンと立ち、棍棒を握ってこちらを睨んでいる。
知能自体は低く、本能のまま生きるだけの魔物だが、彼らは基本的に群れる。
しかし、目の前にいるゴブリンは一匹だけ。おそらく、群れから離れた個体だろう。
そんな初めて見るゴブリンと対峙することになったイヴ。
しばらく互いに見つめ合うだけの時間が続いた。
「……」
「……」
両者、共に沈黙を保ったままで動く様子はない。
やがて、イヴの方から口を開いた。
「……こんにちは! 私、イヴって言います!」
と、お辞儀をした後に自己紹介をするのだった。
これは師の教えを忠実に守っているからこその行動である。
『初めて会う人には必ず挨拶をすること。礼儀は大事だぞ』
イヴは魔物という存在を良く分かっていない。
初めて見るゴブリンが何なのか全く知らない。
だからこそ、二足で立っているから、ゴブリンを人だと思ったのだ。
「……ゴブッ?」
一方、それに対してゴブリンは首を傾げて立ち尽くす。
まるでイヴのしていることが理解できないと言わんばかりに。
しばらくしてゴブリンが出した答えは、持っていた棍棒を振り回すことだった。
そして勢いをつけて、それをイヴに向かって振り下ろしてきたのだ。
それを見たイヴは即座に横に跳んで回避した。
「ひゃっ!?」
突然のことに驚きながらも、なんとか躱すことに成功。
その隙にイヴは素早く体勢を立て直す。
その様子をゴブリンはじっと眺めていた。
再び棍棒を構え直し、次は外さないぞとばかりに睨みつけてくる。
「な、何なんですか……!? 私はただ、挨拶をしただけなのに……」
イヴは困惑しながらも身構える。
どうして攻撃をされたのか、その理由が全くもって分からなかった。
しかし、そんな彼女でも分かったことが一つだけ。
「……攻撃をしてきたということは、この人は私の敵ということですね」
イヴは右手で杖をギュッと握りしめると、目の前のゴブリンを睨みつける。
相手が何を考えているのかは全く分からないが、敵意を向けてきていることは確か。
だったら、こちらも容赦する訳にはいかない。
「ウガッ!!」
その直後、ゴブリンが再び襲い掛かってきた。
手にした棍棒を振りかぶり、それをまたイヴに向かって振り下ろそうとする。
そんなゴブリンに対して、イヴは――
「せいやぁっ!!」
右足を振り上げ、ゴブリンの頭部目掛けて凄まじい回し蹴りを放った。
杖も魔術も使わず、ただ体術で応戦した。
そして右足がゴブリンの頭に直撃。
バンッ、と小さな爆発音と共に、一瞬で弾け飛ぶ。
頭部を失ったゴブリンはふらふらとよろめいた後に倒れ伏した。
その後、ピクリとも動かない。絶命したのだ。
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