第7話 赤髪の女剣士
「おいおいジジイども! 俺たちが来てやったぞ! 今月の上納品、ちゃんと用意できてんだろうなぁ!?」
下卑た笑い声を響かせながら村の広場に足を踏み入れてきたのは、黒い革鎧に身を包んだ三人組の男たちだった。リーダー格と思しき、顔に大きな傷跡がある男が、村長の胸ぐらを乱暴に掴み上げる。
「ひっ……! お、お待ちくだされ、『鉄の爪』様……! 今年の作物は日照りで不作でして……どうか、もう少しだけ……」
「あぁ!? 言い訳なんざ聞いてねぇんだよ!」
傷跡の男は村長を突き飛ばした。年老いた村長はなすすべもなく地面に尻餅をつく。
「俺たちはゴードン代官様から、お前らクズどもを“管理”するよう言われてんだ。わかるか? 俺たちに逆らうってことは、代官様に逆らうってことなんだよ!」
残りの二人も、周囲で怯える村人たちを威嚇するように、腰に提げた剣の柄をポンポンと叩いている。
なんという胸糞の悪い光景だ。
力の強い者が、弱い者から一方的に奪う。脅し、蔑み、自分たちの都合を押し付ける。
やっていることは、レオンやリリアたちと、何一つ変わりはしない。心の底から、どす黒い怒りが込み上げてくるのを感じた。
(許せるかよ、こんなこと……!)
俺が思わず一歩踏み出そうとした、その時だった。
「――弱い者いじめとは、感心しないな」
凛、とした。
それでいて、どこか冷たい響きを持つ声が、広場に響き渡った。
全員の視線が、声の主へと注がれる。
そこに立っていたのは、一人の女だった。
燃えるような、鮮やかな赤髪。ポニーテールに結われたその髪が、風に揺れている。
着ているのは旅人用の簡素な革鎧だが、その立ち姿には一切の隙がない。腰に差した一本のロングソードは、派手な装飾こそないものの、使い込まれた凄みを放っていた。
そして何より、その翡翠のような緑色の瞳。強い意志と、深い憂いを同時に湛えたような、不思議な瞳だった。
「あんだ、てめぇは? 見ねぇ顔だな」
傷跡のリーダーが、胡乱げに女を睨む。
「通りすがりだ。だが、クズが老人をいたぶっているのを見て、黙っているほどお人好しでもなくてな」
女は挑発的に唇の端を吊り上げた。
「その汚い手をどけろ。でなければ、その腕、切り落とすことになるぞ」
「はっ、上等だ! やっちまえ、お前ら!」
リーダーの号令で、子分二人がニヤニヤと下品な笑みを浮かべながら、赤髪の女剣士へと襲いかかった。
村人たちから悲鳴が上がる。
「危ない!」
「逃げてくだされ!」
だが、女剣士はまったく動じなかった。
迫りくる二人のチンピラの動きを、冷静に見極めている。
キィン!
甲高い金属音が響く。
女剣士は、鞘から抜き放った剣で、右から斬りかかってきた男の剣を弾き返す。その動きには一切の無駄がない。
返す刀で、今度は左から迫る男の足元を狙って鋭い一閃。
「ぐわっ!?」
男は咄嗟に飛び退いて避けるが、その頬を剣先が掠め、一筋の赤い線が走った。
たった一合。それだけで、実力差は明白だった。
「な、なんだこいつ……! つえぇぞ!」
「Dランクの俺たちを相手に、一人でここまでやるとは……!」
子分たちが狼狽する。
その剣筋は、俺が『竜の牙』で見てきたレオンさんのものとは違う。レオンさんのが力で敵を粉砕する豪剣だとしたら、彼女の剣は、まるで流れる水のように相手の力を受け流し、隙を突く柔剣だった。
(すごい……! あの人、相当な手練れだ……!)
「ちっ、使えねぇ奴らだな! てめぇら、下がってろ!」
傷跡のリーダーが、自ら剣を抜いて前に出る。
リーダーの構えは、子分たちとは明らかに格が違った。
「ほう、少しは骨がありそうだな」
「ふん、俺はこいつらと違ってCランクだ! 勘違いするんじゃねぇぞ、女!」
リーダーの剣が、唸りを上げて赤髪の女剣士に襲いかかる。
女剣士はそれを冷静に受け止め、いなしていく。激しい剣戟が広場に鳴り響いた。
戦いは互角に見えた。いや、むしろ、技量では女剣士の方が上回っているようにさえ見える。
だが――。
(……動きが、少し鈍い……?)
俺の【簡易鑑定】が覚醒したせいか、戦闘の流れが以前よりはっきりと見えるようになっていた。
彼女の動きは確かに洗練されている。だが、時折、ほんの一瞬だけ、踏み込みが甘くなったり、剣を振るう腕に力が入りきっていないように見えた。
その僅かな隙を、リーダーは見逃さなかった。
「隙ありだァッ!」
リーダーが女剣士の剣を力任せに弾き飛ばし、がら空きになった胴体へ蹴りを叩き込む。
「くっ……!」
女剣士はかろうじて腕でガードしたが、その衝撃に体勢を崩し、数歩後ずさった。
そこへ、先ほどまで傍観していた子分二人が、再び左右から襲いかかる。
「しまった……!」
「終わりだ、姉ちゃん!」
多勢に無勢。
リーダーとの一対一に集中させ、消耗したところを二人で挟み撃ちにする。単純だが、効果的な戦法だ。
まずい。このままではやられる。
俺は咄嗟に、地面の石ころを【収納】し、チンピラの頭上へ【排出】しようかと考えた。オークを撃退した、あの奇策だ。
しかし、俺が動くよりも早く、女剣士が動いた。
彼女は崩れた体勢から、信じられないような身のこなしで体を回転させ、二人の攻撃を紙一重で回避する。そして、その遠心力を利用して、リーダーに向かって渾身の一撃を叩き込んだ。
「――なめるなッ!」
ガキンッ! という、ひときわ大きな音。
リーダーはかろうじてその一撃を防いだが、その顔には驚愕の色が浮かんでいた。
「て、てめぇ……! その剣技、まさか……元Aランクの『赤き疾風』サラか!?」
「……っ!」
リーダーの言葉に、サラと呼ばれた女剣士の肩が、ピクリと震えた。
その一瞬の動揺が、命取りだった。
「そうか、そうか! 仲間を裏切って王都を追われたって噂は本当だったんだなァ!」
リーダーは下卑た笑みを浮かべ、言葉で彼女を揺さぶる。
「仲間殺しの腰抜けが、今更正義の味方ごっこか? 笑わせるぜ!」
「……黙れ」
「図星か? あぁ!? だったら死ねや、裏切り者がァッ!!」
リーダーは剣を投げ捨て、懐から取り出したダガーをサラの顔めがけて投げつけた。
陽動だ。
サラが咄嗟に剣でダガーを弾いた、その隙。
リーダーはサラの足元に滑り込み、思い切りその足を払った。
「きゃっ!?」
完全に意表を突かれ、サラの体が宙に浮く。
そして、受け身も取れずに、地面に強く背中を打ち付けた。
「ぐっ……あ……!」
手から滑り落ちた剣が、カラン、と虚しい音を立てて転がる。
「へへへ、終わりだなぁ、『赤き疾風』様よぉ!」
リーダーはサラの上に馬乗りになり、その華奢な首に手をかける。
絶体絶命。
村人たちは悲鳴を上げることしかできない。バルガスさんは、険しい顔で俺の方をチラリと見た。まるで、俺の出方を窺うように。
(どうする……どうするんだ、俺!?)
助けたい。あの人を、死なせたくない。
でも、今の俺に何ができる? 戦闘能力ゼロの、ただの荷物持ちだった俺に。
(……いや、違う!)
今の俺は、もうただの荷物持ちじゃない。
オークを退けた、あの力がある。
理不尽を、覆せる力が。
「死ねやァァァッ!!」
リーダーが、サラの首を絞め上げようと、その手に力を込めた、まさにその瞬間。
俺は、二人の間に立ちはだかっていた。
「――そこまでだ」
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