黒月に祈る

光春樹

プロローグ 伝承

はるか昔。


ひとりの男が、祈ったという。


「この畑から、もっと作物が実りますように。」


すると、悪魔が現れた。


「人間の“苦しみ”を代償に、願いをかなえてやろう。」


男はうなずき、仲の悪かった隣人の畑に塩をまいた。


隣人の畑は死に、男の畑には信じられないほどの作物が実った。


その日以来、村には苦しみと災いが満ち、やがて男自身も姿を消した。


悪魔は言う。


「生み出された苦しみは、世界に“可能性”を与えるのだ」と。


この話を作り話と笑う者もいる。


だが古い民は、こう語り継いでいる。


——この世には、悪魔がいる。


人の苦しみと引き換えに、願いを叶える者が。

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