奇妙な目撃例

敷知遠江守

とある連続殺人事件

『次のニュースです。江戸川区で発生しているOLを狙った連続殺人事件で、また新たな犠牲者が発生いたしました。今回で五人目の被害となる女性は――』



 人型にテープが貼られた部屋というのは、何回入っても慣れないものだ。

 昨日までここに人が住んでいたという生々しい痕跡が残っている部屋。そこに住人が害されたという、さらに生々しい痕跡が追加されている。警察なんていう職業でなかったら、仕事だと言われてもこんな部屋に入るのは拒絶したい。


 部屋に何か犯人の痕跡が無いか調べていると、後輩刑事が戻ってきた。


「係長。周辺住民への聞き込み終わりました。目撃者が一人だけいまして、浮浪者のような怪しい男性を夜に見たと言っています。やはり、例の連続殺人の一環かもしれませんね。模倣犯の可能性は捨てきれませんが。こちらはどうですか?」


「死因は絞殺。だが凶器となるロープのようなものは発見されず。争った痕跡も無し。こちらも例の連続殺人との関連が疑われる感じだ。他は今、鑑識さんが調べてくれている。だが、これまで同様、手がかりとなるような物すら見つからないのだろうな」


 後輩刑事が遺体発見現場に視線を移し顔をしかめる。彼も同じく、殺人事件現場というものは何回経験しても慣れないのだろう。

 

「これで五件目。今回で何かしら、犯人に辿り着くような何かは探りだせるのでしょうか?」


「どうだろうな。被害者は年齢もまちまち、会社もバラバラ。共通の知人も見つからず。共通の趣味すら無さそう。共通点といえば全員が一人暮らしの女性、そしてこの江戸川区の住人という事くらい。やはり通り魔殺人と見るのが自然かもしれんな」


 そんな話をしていたところに、鑑識が報告にやってきた。当然の事ながら部屋中に指紋は付着しているのだが、被害者の指紋以外、一切別の指紋は検出されなかったのだそうだ。


「手袋をしていたか、はたまた拭き取ったか……かなり用心深い人物である事は間違いないでしょうね。でも、なんで争った形跡が無いんでしょうね。そうなると顔見知りの犯行という事になってしまうのですが」


「共通の知人がいないのにか?」


 後輩刑事は、その指摘にぐうの音も出なくなってしまった。


 その時、後輩刑事の後ろで何かが窓の光に反射したような気がした。

 後輩刑事を押しのけ、光ったような気がする何かに近づいてみる。そこにあったのは非常に小さな黒いビーズのような物。

 鑑識を呼び、調べて貰うようにお願いした。


 ◇


 署に戻り、鑑識に顔を出すと、机に遺留品が小さなビニール袋に入れられて並べられていた。


「係長。係長が先ほど見つけられたあれですが、ネイルアートに使う物という事がわかりました。トップコートが付着してますので、剥がれて落ちた物だと思われます。ですが、被害者は調理の仕事をしており、ネイルアートはしていません。友人のものか、あるいは……」


 鑑識は少し含みを持たせたような言い方をし、こちらを見てきた。


「上下ボロボロの服を着た浮浪者のような男性……目撃例は全て夜遅く。ネイルアートのビーズ……」


「リンクしませんね。となると、ビーズはやはり友人の物?」


「かもなあ。だけど、通り魔だとしたら、被害者の部屋にどうやって入り込んだのかという事になる。指紋が検出されていない。つまりは、被害者が自らドアを開けている……」


 その瞬間、脳内に様々な写真が現れた。その中の写真の何枚かは上下が逆。それが一枚一枚ピタリと繋がっていくような奇妙な感覚に襲われた。

 その瞬間、足は捜査本部に向いていた。


 ◇


 捜査本部には、今回の事件を含め五件の捜査資料の一部が白板に貼られて整理されていた。それを一つ一つ見ていく。


「やはり……」


 そう呟くと管理官が「何かわかったのか?」と言いながら隣に立って白板を見た。


「この証言なんですがね。なんで目撃者は口を揃えて『浮浪者のような男性』って言っているんでしょうね」


「それは……浮浪者といえば服がボロボロで、それを見たからじゃないのか?」


「全て目撃例は夜。もしこの人たちが見たのが、単にボロボロの服のなのだとしたら」


 管理官も何かに気付いたようで、一件目の事件の資料が貼られた白板から順に見ていく。


「なんで全員、この不審人物が『男性』だと思ったのだろうな。夜なのに」


「短髪だったからではないでしょうか。ですが、もしそれが覆面だったとしたら? 例えば、ハロウィンの時の仮装のゾンビマスクのような物を被っていたとしたら?」


「つまり、捜査を攪乱する目的で、わざわざ男性という風に印象付けるためにあえて現場で目撃された。とすると、犯人は男性のような長身で、細身の女性の可能性!」


「犯人が女性なら、ドアの小窓から見て、警戒しながらも思わず開けてしまうかもしれませんよね。もしそれが少しでも見覚えのある人なら……」


 管理官が目を見開いてこちらを凝視している。


「捜査のやり直しだ!」

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奇妙な目撃例 敷知遠江守 @Fuchi_Ensyu

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