第七章 バトルロイヤル・ダカルオン
ダカルオン本戦が始まる前、二人一組の各チームは互いに距離をとっていた。
開戦と同時に奇襲を受けることをそれぞれが警戒したからだ。
ルールは、二人のミサンガをつなぐひもが切れたら負けというもの。つまり他チームのひもを切って脱落させていくことが、このバトルロイヤルの基本的な戦い方となる。
もちろん他チームを場外に出すという戦術もあるが、ひもを切るほうがはるかに容易。
同じ身長の者をつなぐひもは約十センチ。身長差がある場合は、それよりも少し長くなる。
ひもは切れやすい素材で出来ている。組んでいる二人が逆方向に走れば、ぴんと張ったあとにちぎれる。そのせいでほかのブロックの一つでは、戦う前から一チームが脱落している。
僕たちの立つ第一グラウンドの「白ブロック」は、計二十八チーム。
学生たちがフルで出場していれば本当は三十チームになっていたはずだが、ハフルの言ったとおり、強制参加だからといって全員がここにいるわけではないらしい。
白ブロックに振り分けられたのは、比較的最近ファカルオンに入った学生。そのなかには僕やハフルと同じく先月の始めに入学したソーラの姿もあった。
このタイミングでソーラも僕に気付いたようで、赤い瞳をこちらに向けてきた。
しかしそれは一瞬で、すぐに彼女は僕から目をそらした。
敵同士であることが確定した今、僕も手を振るなどの行為をせず、ハフルと作戦を話し合う。
口元を隠し、声を低くして話す。
「君に伝えておく。僕は飛べるようになった。青巻紙で」
「特訓の成果ってやつか。じゃあ俺に、ついてこられるか」
「さすがにハフルの最大スピードには追い着けない。十分の一で頼む」
「フォーメーションは、どうするよ。後ろからの攻撃に備えて背中合わせがセオリーと思うが。ほかの連中を見ても、すでにその体勢をとっているのがちらほらいるぜ。ひもは互いの右手と左手を結んでるわけで、ちょっと体を回転させれば無理なく背中を押し付け合えるしな」
「いや、背中合わせは人数が減ってからにしたい。それまでは同じ方向を見た状態で戦おう。後ろからの攻撃は、すべて僕が防ぐ」
「それについては俺もカバーするよ。で、基本戦術は? 今回のバトルロイヤルは、最後の一チームになることが勝利条件。極端なことを言やあ、たとえほかの二十六チームのひもを切っても最後の最後で俺らのひもがぷっつんすれば優勝はなくなるってわけだ」
「確かに『一番多くひもを切ったチームの勝ち』というルールじゃない以上、守り重視の戦術をとるところも多いだろう。でも僕は、あえて攻撃重視でいきたい」
「なんで」
「君のブーツだよ。守り重視だと、君の機動力を殺すことになる」
「逃げ回るって手もあるぜ」
「逃げの一手は有効じゃない。十分の一のスピードでも君は速い。この第一グラウンドは百メートル四方。じゅうぶんにハフルが走り回れる広さ。もし君が逃げに徹すれば、『最後まで残すと厄介』とみんなに判断されてしまう。結果、他チーム同士の共闘を招き、僕たちは負ける」
「なるほどな。連中のなかには俺がこのブーツを使って逃げ回るはずと踏んでるやつもいるだろうし、意表を突くうえでも攻撃重視の戦術は効果的だな。乗った」
ハフルと組んで戦うのは初めてだったが、彼との話し合いは、ことのほかスムーズに進んだ。
そして学園長の「開幕!」という宣言が僕たちの頭上に落ちてくる。
この直後に僕は、目の前にせまるこぶしを見た。
正確には、彼女のこぶしは僕ではなく、僕とハフルをつなぐひもをねらっていた。
上から振り下ろされているため、上空に逃げることはできない。
向かって右にはソーラのルームメイトがいる。
僕とハフルは攻撃を左にかわし、そのまま彼女たちから離れた。
ハフルはブーツで地面を蹴りながら早口でしゃべる。
「あれ、このあいだのダカルオンで二位だった子か。名は確かソーラ・クラレス。おまえと中庭で例の一件を起こしたやつでもあったな。ま、それはいいとしてアロン、さっさと巻紙ひらいてくれや!」
「青巻紙」
僕は腰のベルトの右側にくくりつけていた青巻紙をひらき、「滞空」をなぞり、飛行の準備を整えた。
「ハフル、飛んでいい!」
「よしきた!」
彼はカーキ色のブーツの底で空中を踏み、少し浮かんだ。
これがハフル・フォートの持つ魔法の一端。ハフルのブーツは彼自身の魔法によって実体化している。そのブーツを自在にあやつることで、攻撃・移動・防御をおこなう。
「ひとまず、やばいとき以外は低空飛行でいく。高度を上げすぎると場外あつかいにされるかもしれねえし、ほかの連中の的になる危険もあるからな」
「それでいこう。黄巻紙」
青巻紙で空中を移動しながら、僕は巻紙をもう一つひらき、グラウンド内を見回した。
僕たちが今いるのはグラウンドの中央から少し離れたところ。
ここで、いったん着地する。
右前方に目をやると、ソーラが赤い瞳でこちらを観察していた。
(今の彼女は黒髪。さっき急に現れたこぶしも、ワープ魔法によるもの。ソーラとの特訓がなかったら確実にかわせなかった。これはきっと彼女の決意表明。たとえ優勝を目指すにしても絶対に馴れ合いはしないという意思をさっきのこぶしに乗せたんだ)
僕は彼女を見つめ返す。
ソーラは黒髪をシニヨンすなわち「お団子」にまとめている。スーパーロングの髪が隣のルームメイトの邪魔にならないようにするためだろう。
やや厚手の群青色のトラックジャケットに、丈の短い黒スパッツを組み合わせる。靴は特訓時のものと同じで、エメラルドグリーンを基調とするスニーカー。靴下は白く、足首を隠す程度の長さ。
長い袖のせいでわかりにくいが、ミサンガは左の手首につけているようだ。
そこから白いひもが伸び、隣のルームメイトの右手首のミサンガに接続する。
「ハフル。ソーラと組んでいる彼女の名前はわかるか」
「有名だと思うがね、キュリア・ゼルドルは」
「ゼルドルって、あのゼルドルか」
「そうだよ、億万長者の。その子どもの一人がキュリア。最近、新聞によく出てくるぜ。『若き天才ファッションデザイナー』ってな。つっても、彼女は自分の魔法とは関係なく服とかをデザインしてるらしいから、今この情報はあんま意味ないか」
「初めて知った」
僕はソーラから彼女のルームメイトについて聞いたことがなかった。せいぜい、「こんなことをルームメイトが言っていた」という情報が会話のはしばしに挿入される程度だった。僕もハフルのことを積極的に伝えていたわけではないから、お互いさまではあるのだが。
とはいえ、どこか彼女については見覚えがある気がする。
(確か中庭でソーラと会ったときに見ている。噴水の周りを囲むベンチのあいたスペースに座って、僕たちの様子をうかがっていた学生の一人じゃないか?)
キュリア・ゼルドルはソーラよりも小さかった。
だからミサンガ同士をつなぐひもが、それなりに長いものとなっていた。
キュリアの格好は半袖の白チュニック。ひらひらしすぎない薄手のもので、その下に紺のクォーターパンツが見える。また、白い刺しゅうがほどこされた黒地のニーソックスとスリッポンタイプの黒スニーカーをはいている。
寝ぐせのためか金色のショートヘアの上部が少しはねている。髪を左右の耳にかけており、幼げな顔の輪郭がくっきりしている。うるんだ黒い瞳が、小動物のようにくりくり動く。
(できればキュリア・ゼルドルの魔法がなんであるかを見極めたいが)
と僕が思ったとき、突然、背後からなにかが振り下ろされた。
それは手刀。他チームが僕とハフルの隙をねらってきたのだ。
だが、その手は、ひもに到達する前に停止した。
(後ろからの攻撃は、すべて防ぐと約束してあるからね)
僕は罠を張っていた。
あえて背中合わせにならずソーラとキュリアを観察していたのは、チャンスと思って僕たちのひもを切ろうとするチームをさそいだすためでもあった。
手刀が停止したのは、罠により動きがとまったから。
すかさず僕は体を後ろに向け、青巻紙の「水」「砲撃」をなぞる。
ただし、罠にかかったのは一人だけ。今は二人一組のチーム戦。敵の片方は、まだ動ける。魔法によって気流を発生させ、水の砲撃をとめようとする。
「心配ねえさ、俺がカバーするって約束したんだぜ」
この瞬間、僕の動きに合わせて身をひねらせたハフルのブーツが空を蹴る。衝撃波を発生させ、気流の勢いを殺す。
結果、僕の撃ち出した水がまっすぐ飛んでいき、相手のひもを切った。
これで一チームが脱落。
とはいえ喜んでいるひまはない。僕とハフルは振り返り、体の向きを戻す。
そこでも、僕たちを奇襲しようとしたチームが「しびれていた」のだ。
僕の張った罠は黄巻紙によるもの。あらかじめ「感電」「設置」の文字をなぞっておいた。その仕掛けは目に見えない。ふれた者は、しびれて自由に動けなくなる。「感電」を単体で飛ばすこともできるとはいえ、「設置」とセットで使ったほうが、しびれの効果は大きい。
もちろん体に害がないよう威力は弱めてある。
なお、黄巻紙の罠は便利だが設置するまでにタイムラグが生じるため、ひとたび戦闘に入れば考えなしには使えなくなる。基本的には、事前に配置しておくのが理想だ。
張った罠は二つ。
僕たちのひもの後ろに、小さいものを一つ。前方に、大きいものを一つ。
まずは僕とハフルがソーラたちの観察に集中しているところを他チームに見せる。
前回優勝者のハフルがいる以上、大きな隙を見せなければ誰も食いつかないので、なるべく観察の時間を延ばす。
そうして、適当なチームを釣る。背中合わせではないフォーメーションの隙を突くかたちで、彼等は僕たちを後ろから襲うだろう。
小さい罠によってその一人の動きをとめ、僕たちは数的優位を確保した状態で後ろを向き、戦闘に臨む。
ただし、今回のダカルオンはあくまでバトルロイヤル。一チーム対一チームの戦いではない。
一つの戦闘が始まれば、漁夫の利をねらう第三者が現れるのは必然。
ひそかに第三者はターゲットを定め、乱入するタイミングを見計らう。
攻撃するなら、いつが適切か。目の前の敵に集中するあまり、ターゲット自身が周囲に注意を向けられないでいるとき。あるいは、勝利を確信して油断している瞬間が、もっともいい。
数的優位をとられたチームは僕とハフルに倒される。その瞬間をのがさず第三者も、僕たちの後ろから攻撃をたたき込もうとする。この時点における「後ろ」は、元々僕たちが向いていた「前方」である。結果、そこに仕掛けられていた大きいほうの罠に、第三者の彼等がはまる。
一つ目の罠を小さくしていたのは、第三者を本命の罠にかけやすくするため。
最初から大きな「感電」を「設置」すれば、確かに一番目の相手は確実に倒せるが、警戒して第三者が寄ってこなくなる。僕とハフルの戦術は守りではなく攻撃重視。それではあまりに消極的すぎる。
だから始めは小さな罠を設置し、第三者に「この程度か」と油断させる。初見でないなら対応できると思わせる。そう考えている彼等は第二の罠の規模を低く見積もり、自分たちも罠にかかる。
僕たちを襲うチームが遠距離攻撃主体の場合は無理せずハフルの力を借りて逃げる作戦だったが、結果的に上手くいった。
ともかく、立ったまま動けないでいる彼等に近づく。僕は黄巻紙を構える。
ここで僕とハフルは、カーキ色のブーツと青巻紙によって瞬時に浮き上がる。
第四のチームが僕たちに攻撃を仕掛けてきたからだ。
そのチームは、くだんの二チームが小さな罠と大きな罠にかかるところを目撃していた。
それで、もう近くに罠はないはずと踏んで攻撃したのだろう。事実、黄巻紙の罠は一度作動すれば消える。
敵チームは魔法によって植物のツタを生じさせていた。
それをよける。上空に浮かび、僕は唱える。
「黄巻紙・封。赤巻紙」
僕は競技前から、腰のベルトの左側に黄巻紙と赤巻紙をくくりつけることに決めていた。そうすればフリーの左手ですぐに交換できる。
赤巻紙をひらくと同時に、「火」「放射」をなぞり、ツタを燃やす。
ただ、何度燃えてもツタは再生していく。おそらく、これも敵の魔法の仕業だろう。
ツタをあやつる彼女たちは背中合わせになって、僕たちのほうを見ている。
「おい、アロン。あれ再生じゃねえ。たぶん『肥大』って言うほうが正しい」
ハフルは上空十メートルほどの高さに浮いたまま、その青い目で地上を見下ろす。
「よく見ろよ。再生なら燃えたところが治っていくはずだろ。でもあれは、ツタの燃えかすがそのままグラウンドに落ちるばかりだ。つまり燃えたところを治してるんじゃなくて、まだ燃えていないところを伸ばし続けているんじゃねえかな」
「じゃあ、彼女たちに被害がおよばない範囲の最大火力で、根元からすべて燃やす」
僕は「火」「拡大」「指定」「放射」に指を置く。「拡大」は二回、赤黒く光らせた。
巨大化した火が、ツタに飛ぶ。
が、この瞬間、彼女たちが僕たちの意図に気付いたのか、ツタのほうも、さらに肥大化した。より太く、より長くなる。向こうの二人の魔法が重なったことによる現象と思われる。
このままでは、ツタが火よりも大きくなる。
(これに関しては彼女たちのほうが上か。なら!)
僕は青巻紙を右手でなぞる。「水」「膨張」「膨張」「膨張」「下降」を青白く光らせる。
彼女たちのツタをねらったのではない。
僕自身の出した火の上に巨大な水のかたまりを落とした。たちまち火が消えていく。とはいえ、この水の物量でも、ツタの勢いはとまらない。
だから僕は最後に、「凍結」の文字列にも指をすべらせた。
水が凝固し、巨大な氷のかたまりとなる。
落下する氷が、肥大するツタをはね返す。ツタはそのまま、魔法の使い手である二人のもとに向かい、彼女たちの身動きを封じた。
慌てて脱出しようとする二人だったが、もうその時点でハフルがブーツで宙を蹴り、彼女たちのそばまで駆けおりていた。そのまま彼はフリーの右手を使って、相手チームのひもを切った。
ついでハフルはその二人をかかえ、落下する巨大な氷と肥大するツタをかわし、安全なところで彼女たちを下ろした。
僕はハフルの動きについていくのに精一杯で、息切れを起こしていた。
「血迷ったかと思ったぜ、アロン。まさかわざわざ自分で出した火を消すなんてな」
周囲を警戒しつつ、ハフルが笑う。
「だが水による火のキャンセルには三つの意味があったと見える。一つ目、一見無意味な行動により相手を動揺させる。二つ目、赤巻紙による圧倒が不可能と判断したうえで火を消し、あえてツタを肥大させる。三つ目、水を巨大な氷塊に固めることで、ツタのすべてを押し戻す」
自身のカーキ色のブーツ同士をこすり合わせ、彼は言葉を続ける。
「もう一つ、俺は見のがさなかった。おまえは『凍結』を発動させる前、水のかたまりのはしを彼女たちに向かって部分的に膨張させてもいた。その状態で氷にすれば、それがくぼみのあるかたちになり、伸びたツタが彼女たちのもとに返りやすくなるってわけだ。違うか?」
「ハフル、君は頭がいいんだな。僕はほとんど無意識でやってた。そこまで細かく考えてなかったよ」
それから僕は、グラウンドに残っている氷のかたまりを「収縮」させ、赤巻紙によって蒸発させた。
伸びきったツタに関しては、敗退した彼女たちがグラウンドから除去しようとした。
しかし、グラウンド外で見守っていた審判の先生の一人が、「それは敗退後の干渉にあたり、みとめられない」と注意した。
彼女たちはグラウンドの外に出た。すでに敗退した者たちと共に競技を観戦し始めた。
僕は呼吸を落ち着かせ、グラウンドに投げ出されたままのツタに目をやる。
「彼女たちも強かった。それにしても最後、肥大化したツタを押し返されたとき、どうしてその勢いを弱めて自分たちが巻き込まれるのを防がなかったんだろう。さっきツタを除去しようとしてたことを考えると、彼女たちには、それも可能だったのでは」
「そんとき、あの子たちはおまえの突飛な行動によりパニックになってた。それに、あんだけの規模のツタだ。かなり魔法の力を消費するはずだ。じゃなきゃ、最初から使ってるだろ。もったいぶらず」
「確かに」
「二人は、おまえの巨大な火を目にしてツタのさらなる肥大化をとっさに発動したようだが、実際は小回りの利かないリスキーな技だったんだろうさ。だから対応がおくれた。逆用されたツタの勢いをすぐに弱めることもできず、俺に隙を突かれ、ひもを切られた」
「納得した。きょうだけで、君に対する評価が上がりっぱなしだ」
「青天井で頼むぜ」
そのように僕たちは談笑しながらも、周囲に気を配っていた。
実際は、さきほどの戦いが終わったあとに僕は赤巻紙を黄巻紙に切り替え、「感電」による罠を張りなおしていた。例によって、近寄ってきた者をしびれさせる、見えない罠である。
そしてハフルとの談笑を他チームに聞かせ、「バトルロイヤル中にこいつら、なにをのんきに話しているんだ」と思わせて罠にはめ、逆に相手をしとめるつもりだった。
とはいえ、さすがにもう、その戦い方は通用しないようで、誰もこちらに攻撃してこない。
二十八あったチームも数を減らし、すでに残り十九。
不用意に攻撃を仕掛けてくる者は、ほぼ脱落済み。「大きな罠」でしびれさせて放置していた例の二人も、いつの間にか別のチームにひもを切られていた。
時間が経過し、各自がバトルロイヤルにおける戦い方をつかんできたというのも大きい。目の前の相手に気を取られすぎると、第三勢力の介入一つでやられてしまう。
別チームに隙を見せられても、即時攻撃する戦術をとりづらい。
また、すでに僕たちは罠によって他チームの動きをとめ、実際に脱落させている。それを見ていた別チームの者たちが、競技中にわざとらしく話す僕たちに、のこのこ近づくわけもない。
(まあ接近する者がいないなら、それはそれで好都合)
ハフルは平気そうだが、僕はさきほどの戦いで体力と魔法の力を消耗していた。
これから積極的に攻撃をかけるにしても、今は回復の時間が少しでもほしい。
(しかし疲れはしたけど、さっきの戦闘で実感した。ソーラとの特訓の成果が出ている。巻紙の同時かつ常時発動。青巻紙による空中移動。巻紙の素早い切り替え。魔法の力自体が底上げされ、純粋な戦闘力も上がっている。無意識の行動によって、とっさのことにも対応できた)
とはいえ油断はしない。特訓十日目のイメージトレーニングで、僕はソーラから「弱い相手」や「苦労もせず活躍する自分」をイメージするなと言われている。
(結果的に彼女と組むことはなかったものの、だからこそ余計に、ソーラから学んだことが今の自分に表れているのを感じる)
一方で、青巻紙の「滞空」による受け身を発動する機会は意外にないとわかってきた。せっかく特訓したのにとは思うが、実戦においては「受ける」よりも「よける」ほうが安全であり、相手の攻撃を食らった場合もすぐさま反撃に転じたほうがかえってリスクが低いようなのだ。
さきほどの攻防にしても、こちらが受けに徹していたら負けていたかもしれない。
また、視界の周辺に映る他チーム同士の戦いを観察すると見えてくる。身を守ることを最優先にするチームのほうが、勝率が悪い。いくら防御を固めてもダメージが蓄積したり追撃で大きな攻撃を食らったりすれば、結局は負けるからだ。
たとえば転んでしまったとき、自分の身を守るために地面へと手を伸ばせば、そこを突かれる。そうではなく、むしろ転んだ際に発生する回転と勢いを利用して相手を巻き込み、逆にその相手をクッションにして自分だけは助かろうとする意気込みこそが、勝利をもたらす。
(特訓時にも確認していたことだけど、無意識に受け身をとることが、かえって隙を生むこともあるし。でもそれを実体験として学べたわけだから、この特訓が無駄だったとは感じない)
とりあえず周囲を「感電」の罠でうめつくした僕は、グラウンド内の状況を観察する。
各チームのミサンガをつなぐひもが、一チーム対一チームの戦闘や、漁夫の利をねらう第三者の介入によって切られていく。
なかには自滅のかたちで、ひもを切ってしまうケースもある。
たとえば後ろを向く動作一つとっても、相手に合わせず二人または片方が急に勢いよく動けば、ひもはあっさりちぎれる。
やはり逃げる場合でも二人が逆方向に走ろうとすれば、ぴんと張ってから、ひもは切れる。
(つまりこのバトルロイヤルは、個人の単純な戦闘力や魔法の力だけを見るものじゃない。パートナーと適切な意思疎通を図ることも不可欠な要素)
僕は片ひざを立てた状態で身をかがめながら、目を動かす。
(事前の打ち合わせ。魔法や体力面での互いの得手不得手の把握。実戦中のコミュニケーション。魔法以前に、そういった基本的なことができているチームがフィールド上に残っている。開始前に学園長が言った「親睦を深めてほしい」とは、こういうことか)
そして僕は、ゴムチップ舗装の地面をたたく。
「ところで気付いているか、ハフル」
「あたりめえよ。グラウンドの変化だろ」
彼は僕に合わせて身を低くしつつ、右の口角を上げる。
「最初は百メートル四方だった、この第一グラウンドのバトルフィールド。それがだんだん、せまくなってきてやがる。ほら、また『はしっこが動く』ぜ」
ハフルの指差したほうに僕は視線を向ける。
問題の場所は、グラウンドのはし。そこにあるゴムチップが、音もなく外側に移動していた。
ゴムチップは、ゴムをくだいた小さな破片の集まり。その一つ一つが、まるで意思を持っているかのように動き、本来のグラウンドから分離していく。
第一グラウンドのゴムチップは赤で着色されている。
その赤い部分が少しずつ、けずれているのだ。
さらに僕とハフルは見た。赤いゴムチップ舗装ではなくなった地面に足をつけたチームに、審判を担当している先生たちが「敗退」を言い渡した。
本来、その地面は百メートル四方のフィールドに含まれる部分だったはずだが。
「今のではっきりしたな、アロン。ゴムチップ舗装が分離してせまくなったグラウンド。そっから出ても『負け確』ってこった」
「バトルロイヤルでは人数が少なくなれば互いに様子見状態になり、戦局が動きにくくなる。対策として、チーム数が減るごとにフィールドをせばめる。これにより参加者全体が消極的な戦法をとりづらくなり、結果、最後までゲームを盛り上げることができるというわけか」
僕は身をかがめたまま首を回し、周囲にゴムチップがあるかを確認した。
「今のところは、だいじょうぶ。とはいえ、後ろの赤いスペースが徐々になくなってきている。そろそろ僕たちも、ここから動いたほうがいい」
「観察したところ、一チームが脱落するごとに正方形の一辺が二メートルぶん縮むようだな。二十八チームが参加していたってことは、最終的にグラウンドは四十四メートル四方にまで縮小する。制限時間はないとのお達しだったから、時間経過で小さくなることはねえだろうが」
「今のチームが場外に出たことで、チーム数は残り半分を切った。行こうか、ハフル。のんきに話しているように見せても、もう誰も罠にかからない。ここからは背中合わせを基本的なフォーメーションにして行動しよう。積極的に攻撃を仕掛ける」
「ああ、俺もそれには大賛成だが、二つ言っておかなきゃいかんことがある」
ハフルはカーキ色のブーツを手でこすった。
「まず空中移動の制限だ。俺たちは以降、高度四十メートル以上には上昇しないことにする。そもそも俺は、高く上がりすぎれば場外あつかいになると思ってる。高度に制限がなきゃあ、空の向こうに突き抜けてもいいってことになっちまうからな」
ブーツをさわっていないほうの片手で、赤いツイストパーマをいじる。
「ダカルオンの競技風景は、魔法媒体によって記録され、映像としてお偉いさんのもとに届けられる。あまり高いところに行かれると、ちゃんとした絵が撮れなくなって、学園にクレームが来るんだよ」
声を落とし、ハフルは続ける。
「じゃあ問題の高度制限は何メートルか。ありえそうなのが、グラウンドの正方形の一辺と同じというもの。つまりフィールドを面ではなく立体で考える。正方形の一辺と等しい高さを持つ立方体が、実質のバトルフィールドの空間なんじゃね?」
「その仮定が正しければ、赤いゴムチップが移動するたびに、高度限界も低くなっている可能性があるね」
「確証はねえ。だが実際に試して『はい失格』になっても笑えねえだろ。飛行できるほかの連中もそれを恐れて高度を抑えているようだしな」
「思えば学園長はルール説明の際、上空四十メートルくらいのところに浮いてた。これ見よがしに空中の水平の面を回るようにも動いていた。あれは三十チームがフルで参加し、全員が脱落した場合の限界高度だったのかも」
「理解してくれて助かるぜ。そしてアロン、あと一つ俺は言いてえんだが。おまえ、ほかのチームの罠はどうするつもりだ。まさかてめえだけがクレバーに罠を張った気になって、『ほかのやつらは、なんの考えもなしに戦うモブ同然』と調子こいてんじゃねえだろうな」
「そういう油断はないよ、ハフル。ここについても考えがある」
あらためて僕たちは作戦を話し合ったうえで、立ち上がる。
「しかし身をかがめて長時間しゃべるなんていう格好のえさをまいたのに、結局のところ誰も俺らに食いつきやしなかったな。さすがに露骨すぎたか」
「それだけ僕たちが警戒されているってことだろう。そして、みんなはハフルと僕がこのまま守りに入ると考え、今から攻撃に転じるとは思っていないはず。このチャンスをのがさない。一気に動こう」
「おう」
そんなハフルの返事を聞いた瞬間、僕は黄巻紙の「指定」「放電」の字をなぞり、周囲に設置していた「感電」の罠を一部だけ解除した。
通り抜けることが可能になった場所を僕は左手で指差す。
続いて右手を青巻紙に近づけ、「滞空」をなぞり、空中移動の体勢に入る。
ハフルはその場で足踏みし、僕のほうに一瞬だけ顔を向けた。
「ついてこいよ」
ゴムチップ舗装を蹴り、彼は瞬時に飛び出した。
現在、バトルロイヤルで残っている二人一組の数は十一。
ミサンガをつなぐひもが切れたり場外に出たりして、脱落したのは十七チーム。グラウンドの正方形の一辺は、百メートルから六十六メートルに縮んでいる。
そろそろ、このダカルオンも終盤戦だ。
僕たちは高度を上げすぎないよう注意しながら、まだフィールドに横たわっていた例の肥大化したツタを飛び越える。
このツタの向こうに身を隠していたチームを眼下に見据えたあと、僕は上空から黄巻紙の「雷撃」を落とした。
手を休めずに黄巻紙を赤巻紙に切り替え、次は火の玉を落下させる。
威力は抑制している。これらの魔法の主目的は攻撃ではなく相手の罠をあぶり出すこと。
やはり罠は、目に映るものとは限らない。
だから作戦として、相手を見つけても即座に接近するのではなく、まずは牽制を兼ねた魔法を撃ち出す。周囲に罠が仕掛けられている場合はそれらを強制的に発動させ、つぶす。
特定の攻撃だけでは発動しない可能性もあるので、電撃と火炎の両方を使用する。
落下する火に反応し、相手チームの周辺で小規模の爆発が連続した。
そばにあったツタに火が燃え移る。
地上の彼等は対処に追われている。対して、僕たちは高度四十メートルをぎりぎり超えないあたりを飛んでいる。罠に巻き込まれる心配はない。
続いて僕は攻撃した。
真下ではなく、真上に向かって。
赤巻紙に切り替える直前、僕は黄巻紙で頭上に罠を設置していた。
残っているチームのなかには、僕たちのように飛べる者もいた。
そんなチームが僕たちを見ていたとしたら、どうだろう。そして上空に飛び出し、真下のグラウンドに集中しながら戦っている僕とハフルを目にすれば、死角である真上からの奇襲を考えたくなるはずだ。
案の定、その奇襲を実行しようとした彼女たちは罠にかかって、真上の空中でしびれていた。
とはいえ急造の仕掛けだったため、たいした威力は出ていない。彼女たちはすぐに体勢を立て直そうとする。
そこに僕は下から青巻紙による攻撃をたたき込んだ。「指定」「水」「湧出」「浮上」「膨張」「指定」「砲撃」の順に文字列を素早く発光させる。
僕たちの頭上で大量の水が噴射される。
極太の水の柱となって、空中に浮かぶ彼女たちをめがけて真下から突き上げる。
僕は水を途切れさせないために「湧出」をなぞり続ける。かつ、水の柱の先端の円周に「膨張」「指定」「浮上」を発動させて彼女たちの周囲に水の壁を作る。
同時に、左手の赤巻紙から火炎を落とし、真下のチームを牽制する。
ただし、それらに集中しているため、青巻紙での飛行がおろそかになる。
浮いている高度が、がくんと下がる。
そのときハフルがさけんだ。
「いっそ全部を使って押し上げちまえ!」
さらに彼は右足のブーツで空を蹴った。
というのも、真横から突然「槍」が一本飛んできたからだ。空中にとどまっている僕たちを見て、また別のチームが魔法で攻撃してきたらしい。
ブーツの衝撃波によって、その「槍」は勢いを失い、落下し、ふっと消えた。
ここでハフルは急に全身をふるわせ、僕たちをつなぐミサンガのひもをかばうように右手を動かし、直後、その手でなにかを払いのける仕草をした。そのとき、かすかにレモンの香りがただよっていたと思う。
ともかく僕は中途半端な飛行をきっぱりやめ、「湧出」「推進」を交互に連続でなぞり、水の柱を維持することに集中する。かつ、水の先端の円周に「膨張」「指定」「浮上」をかけ続ける。
このタイミングで、「反動」という文字列にも指をふれた。
青巻紙による水は、通常、使い手に反動を生じさせない。たとえ膨張させた水で砲撃しても、本人に勢いは返らない。しかしこの「反動」をなぞれば話は別だ。
(普通なら自分が吹っ飛ぶだけで、デメリットにしかならないけど、今は利用できるはず)
そうして発生した反動により、僕とハフルは真下に向かって飛んでいった。突き上げる水とは逆方向に落ちたのだ。
直後、無数の「槍」が僕たちの体をかすめた。さきほど一本の「槍」を飛ばした者が、新たに攻撃してきたようだ。
「やばかったな!」
ハフルは反動を利用し、僕をかかえたまま空中を蹴って落下のスピードを上げる。
僕とハフルは背中合わせではなく互いに腹部を向け合うかたちとなった。僕は真上を見ながら水の柱を出し続け、真下への炎攻撃も継続する。一方で、ハフルは僕とは反対方向の真下に視線をやり、高速で宙を走って落ちる。
そんななか、体をかすめた槍の群れが空中で向きを変え、僕たちのほうに再び飛んでくるのが見えた。しかもハフルの落下スピードよりも速い。
「まずい! 槍がこっちに来る!」
僕と組んでいなければハフルも楽に逃げられただろうが、彼は僕に合わせてスピードを十分の一に抑えている。
(いや、今は僕が青巻紙による飛行を発動していないから、もっと速く動けるか。でも僕をかかえたままで、しかも、ひもが切れないよう気を配らないといけないから、かわすのは難しい)
しかしハフルは僕にだけ聞こえる声量で言った。
「おまえは巻紙に集中してろ」
「わかった」
軽く僕はうなずいて、青巻紙による水の柱を最大限に噴出させた。
僕たちの真上に浮かんでいるはずの彼女たちの状況は、水にはばまれ、わからない。
だが真下から突き上げる極太の水のかたまりを受けきれなくなったとき、彼女たちは、より高いところに逃げるはずだ。
(二人の周りも水の壁で取り囲んでいる。横への退路は断たれたままだ)
そしておそらく彼女たちは、ハフルの言った「高度制限」を考えていない。高度四十メートルという、それなりの高所にいた僕たちを、ためらいなく真上から奇襲したのがその証拠。
(つまり上に逃げるのをためらう理由は、あの二人にない。水に押され続けて真上にひいた瞬間に、審判の先生たちから「敗退」を言い渡されることになる)
ただ、いくら僕が水の柱の威力を強めても、その瞬間が訪れない。
(あれ? 高度制限はなかったのか。いや、違う。彼女たちは最初からそれを承知していたんだ! だから、ぎりぎりで踏みとどまっている。ためらわずに僕たちの頭上に来たのは、むしろ高度限界について見当をつけ、『ここまでならだいじょうぶ』という確信があったからだ)
なかなか思いどおりにはならないし、相手も考えなしじゃない。
(僕たちをねらう槍の群れも、今や間近にせまっている。ここで上空の二人を落としてハフルのサポートに回りたかったのに、上手くいかなかった。だけど僕にできるのは、巻紙魔法に専念することだけ。これはチーム戦。仲間を信じて全力をつくすしかない)
右手の青巻紙の威力を弱めず、僕は極太の水を鉛直上向きに噴出させ続ける。
ハフルはここで地上に到達し、ゴムチップ舗装のグラウンドを勢いよく蹴った。
向かい合うかたちでかかえられている僕は彼の見ている景色とは違う方向に視線を投げていた。青巻紙に集中すると同時に、ハフルの進行方向に赤巻紙で火を撃ち続ける。
ここまでの戦いで、グラウンドのゴムチップは特殊な魔法によるものだとわかっている。その都度、意思を持っているかのように動く。学生の多種多様な魔法にも平然と耐えている。
そのゴムチップは、赤巻紙の火でも燃えない。それはツタをあつかうチームとの戦闘で、すでに確認している。火を連発してもグラウンド自体を燃やしつくす心配はない。
一方、僕の視界には例の槍の群れが映っている。
槍はグラウンドに穂先を刺すことなく、真横に向かい、地上すれすれを飛行する。さらにスピードを増し、僕をかかえているハフルの背中に当たりそうになる。
この瞬間、ハフルはブーツの底で地上を蹴り、上に飛ぶ。
宙に浮かんだとき、僕たちの体勢は微妙にかたむいた。直後、槍の群れが別のチームの二人組を襲うのが見えた。爆発の罠を仕掛けていた者たちだ。
(なるほど、ぎりぎりまでひきつけて彼等に槍を当てるのがハフルのねらいか)
と僕が考えるひまもなく、ハフルは槍の群れそのものを彼等に向かって蹴り飛ばした。
槍を防ごうと、その二人組の片方は爆発を発動した。爆風を推進力にして、槍の群れが別方向に猛スピードで飛んでいく。それにハフルが衝撃波を重ね、軌道をわずかに変える。その先にまた別のチームがいた。槍の群れが、彼等のひもをあっさり切断した。
どうやらそのチームが、槍を飛ばす魔法を使用していたようだ。虚を突かれたことに加え、爆発と衝撃波の威力が想定以上だったために、防御が間に合わなかったらしい。以降、グラウンドから槍が消える。
そして衝撃波を飛ばしたハフルが間髪をいれず動く。すぐさまブーツで空中を蹴り、爆発を使う二人組の近くに落ちた。
僕たちの横には、彼等の手首のミサンガをつなぐ白いひもが揺れていた。
とっさに僕は赤巻紙で小さな火の玉を発生させる。
爆発をあつかう学生の相方が反撃するそぶりを見せたものの、それより先に火は飛んで、ひもを燃やして灰にした。
さらにここで、審判の先生たちが上空に向かって「敗退」と大声で言い渡す。
僕は青巻紙で出していた水の柱を維持するのをやめ、あらためて顔を上げた。
落ちていく無数の水の粒の向こうに、僕とハフルを真上から襲ってきた彼女たちの姿が見えた。目測したところ、上空五十メートルくらいの高さにいる。
やはり高度制限はあったのだ。
彼女たちもそれを理解し、ぎりぎりそこを超えないようにしながら僕の水に対処していた。しかし立て続けに二チームが脱落したことにより、高度制限が四メートルぶん一気に縮まり、結果、彼女たちはバトルフィールドの空間からはみ出すかたちとなったようだ。
(いや、待て。彼女たちが五十メートルで高さの制限にひっかかったということは、残りのチームの数は)
僕が考えようとした瞬間、再度ハフルが僕をかかえて地上を駆け出した。
「あの槍の群れ、大半がフェイクだったっぽいな。あんなにたくさんあるなら、なんで全方位から攻撃しないんだと俺は思った。それで『相手は、魔法で出現させた一本の槍を多くあるように見せて操作してるだけなんじゃないか』と踏んだわけよ。じゃあ普通に蹴れるはずってな」
「ハフル、説明は、あとでいい。今グラウンドに残っているのは」
「まあ別のチームに当てる手もあったが、さんざん逃げる姿さらしといて、そんなの通用せんわな。向こうにも読まれる。だから俺は爆発魔法を利用し、使い手自身に槍を飛ばした。爆発チームが驚いた瞬間に奇襲を成功させ、ついでに上空の二人も場外にしてやったって寸法よ」
彼はグラウンドを走り回って、的にならないように動く。だがグラウンドは今や百メートル四方から四十八メートル四方に縮んでいる。彼の機動力も、活かしづらい。
(ハフルはさっきの行動について説明してくれた。でも今は周囲に罠があるわけでもないし、悠長に話している場合でもない。それは彼もわかっているはず。ハフルも不安で、自分を鼓舞しようとして、たった今の成功体験を言葉にしているのか)
あるいは、僕を安心させるために口にしてくれたような気もする。
「僕は、いい学友を持った。いろんな人にささえられて、ここにいるのだと身にしみる」
「嬉しいね。でもおまえ、もっと自分も、ほめてけよ。そもそもアロンが水の威力を維持し続けてなかったら、結果はどうなっていたかわからんぜ。赤巻紙の火をストップさせなかったのも地味に助かった。爆発チームはそれでなかなか俺たちに攻撃できなかったわけだから」
「そう言われると僕も悪い気はしない。ともあれハフル、状況を整理しよう」
僕はかかえられたまま呼吸を整え、口元を左手で隠す。その近くを、浮いた状態の巻紙がついてくる。
少々、こもった声を出しながら話す。
「僕たちが黄巻紙の罠を一部解除して攻撃を始めたとき、残りは十一チームで、バトルフィールドの立方体は一辺が六十六メートルだった。しかし上空のチームは高度五十メートルで高度制限にひっかかり、敗退した。それまでに、この終盤戦で僕たちが脱落させたのは二チーム」
左手の赤巻紙と右手の青巻紙で軽い攻撃を周辺に飛ばしながら、僕は続ける。
「一チームが脱落するごとにフィールドの空間は二メートル縮む。六十六メートルの一辺から十六メートルをマイナスして五十メートルにするには、僕たちの倒した二チームに加え、ほかの六チームも脱落していないといけない」
我ながら自明の理とは思うが、このとき僕の頭はあまり働いていなかった。だから口元を隠して作戦を立てているように見せかけ、「彼女たち」をかく乱しようとも考えていた。
「つまり、すでに計八チーム、いや上空の二人も合わせれば合計九チームが脱落した。十一マイナス九は当然、二。残っているのは二チーム。一つは僕とハフルの組。もう一つは」
ハフルはここで急停止し、走り回るのをやめ、僕の顔に苦笑いを向けた。「んなの、解説されんでも、見りゃわかるっての!」彼の表情は、そう語っていた。
なぜ彼は停止したのか。
答えは、前方に「彼女たち」がいきなり現れたからである。
僕たちの前に立っていたのは、ダカルオン開幕早々に攻撃を仕掛けてきた二人だった。
向かって右に、キュリア・ゼルドル。白チュニックと、くりくりした黒い瞳と、金色のショートヘアが見える。
向かって左に、ソーラ・クラレス。群青色のトラックジャケットと、きらめく赤い瞳と、鎖骨にふれるくらいの長さの、内側に緩くカールした銀髪が、日の光にさらされる。
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