第18話 元メイドの実力。新たな魔力の可能性

「まずはあたしから行くわ」


 フレイアが即座に行動を開始する。魔力斬を生成し、ミリウスへ向かって迫る。


「遅いです」


 ミリウスは魔力を込めた右手を一閃。まるで蜘蛛の巣を払うかのようにフレイアの魔力斬を切り裂いた。四散した魔力が火花のように宙を舞う。


「へぇ……あなた、やっぱり普通じゃないわね」


 明らかに只者ではない戦闘能力にフレイアの表情が引き締まる。同時にカナデが仕掛けた。

 手元に魔力の刀を作り出し、ミリウスの死角から斬りかかる。


「見えていますよ」


 ミリウスは最小限の動きでその斬撃をかわす。同時に彼女の袖から銀色の何かが放たれた。


「……な!?」


 カナデが危険を察知し身を翻す。首筋を掠めたそれは薄く光る一本の糸。触れた瞬間わずかに緑色に光りを放つ。同時にフレイアが叫ぶ。


「カナデちゃん!みんなも離れて!毒か何かかも!」


 彼女の警告にレックスとデイモンも即座に距離を取った。ミリウスは不敵な笑みを浮かべながら糸を指先で弄んでいる。


「あいつ、中々面白い技を使うな」


 カナデ達には悪いが、俺は完全に傍観者モードに入っていた。恐らくは魔力が込められた糸だろうか。ミリウスが魔力を軸にした戦法を取るだろうとは思っていたが、この形状は興味深い。

 大多数がやる物理的な武器に魔力を纏わせるのではなく、魔力を糸状にして操る技術。魔力の新たな可能性を見た気がする。


「紙一重でかわしましたか。運だけはいいようですね、カナデ様」

 

 ミリウスの両袖から無数の銀糸が放出される。それらはまるで生き物のように宙を舞い訓練所の壁や床に張り付いていった。


「デイモン、間違いなくあの糸が要だ!彼女が仕掛ける前に我々で切るぞ!」

「了解!」


 レックスが叫びデイモンが応じる。レックスが正面から魔力を溜め込みミリウスへ突進。その影でデイモンが指先から魔力弾を生成し天井へ向けて放つ。


「これは大胆な。しかし……」

「うぉらあ!」


 レックスの拳が轟音と共に魔力糸を叩く。同時にデイモンの魔力弾が天井で炸裂し瓦礫が落下する。


「ぐあっ!?」


 瓦礫の一部が命中しデイモンが膝をつく。一見間抜けな行動だが想定内だったらしく、落下する瓦礫の陰から無数の魔力弾をミリウスへ向けて発射する。その数二十近く。逃げ場を奪う絨毯爆撃だ。


「甘い」


 ミリウスは周囲に張り巡らせた糸を一気に引き戻し盾として展開する。銀色の糸の壁が魔力弾の雨をすべて弾いた。


「その言葉、そっくりそのまま返すわよ!」


 いつの間にか彼女の背後を取っていたフレイア放つ、渾身の魔力圧縮攻撃。

 だがミリウスは振り向きもせず糸を操作。天井から垂れ下がった糸を利用して逆上がりし攻撃を回避した。


「逃がさない……よっ!」

「ちっ……!」


 しかし完全には避けきれず左肩に掠めたカナデの一撃。その隙を見逃さずさらなる追撃をかける。

 素早い剣戟の連撃にミリウスも後退せざるを得ず、尻もちをついた瞬間──


「レックス!今よ!」

「うぉぉぉぉっ!!」


 怒号と共にレックスが全身に魔力を漲らせ跳躍した。重量級の質量を伴ったタックルが炸裂する。


「しまっ──」


 流石のミリウスも対処が間に合わず、豪快に吹き飛ばされ訓練所の壁に激突した。


「……おぉ」


 見事なまでの連携。訓練所とか普通にボロボロだけどいいんだろうか。まあ学院の備品なんだから気にしなくていいのかもしれないが……。


「これで終わり……じゃないわよね、残念ながら」


 フレイアが警戒態勢を解かない。その判断は正しいだろう。


「なるほど……口先だけでないことは認めてさしあげます」


 ラッシュを受けたミリウスはゆらりと立ち上がる。本来であれば骨折レベルの衝撃だが、攻撃を受ける寸前に体全体に魔力を纏ったのだろう。そこそこのダメージは入ったようだが戦闘不能には至っていない。 


「そんなあなた方に敬意を評し、少し本気を出しましょうか」


 ミリウスは体内に魔力が収束していく。やがて放出されたそれは周囲に張り巡らされた糸へと流れ込む。銀色だった糸がまるで生き物のように赤黒く輝き始めた。


「フレイア教官、これは!」

「まずいわね、全員警戒を!」


 レックスとフレイアが叫ぶも既に遅い。ミリウスは右手の人差し指を軽く振ると同時に、訓練所の天井へと跳躍した。


「……!やらせない!」


 カナデが素早く追うもミリウスはもうそこにはいない。目線の先には天井から吊るされ蠢く無数の糸。


「どうしました?もう追いかけっこは終わりですか?」


 挑発的なミリウスの声と共に訓練所全体が振動し始める。

 糸が編み上げられた網状となり訓練所の壁や床に貼り付き拘束するように収縮していく。


「な!?」

「うぐっ……!」

「これは……!」

「く、離れ……!」


 四人が一斉に叫び声を上げた。四方八方から伸びる糸が容赦なく四肢を捕らえ、首元や胴体を締め付けていく。

 カナデ達は抵抗を試みるが糸は千切れないどころか逆に彼らの身体に食い込んでいく。


「なっ……なんだこれ……!」

「糸が魔力で硬化してる……!」


 レックスとフレイアが呻きながら暴れるが無意味だ。デイモンはすでに気絶寸前で白目を剥いている。


「無駄ですよ。魔力を最大限に込めることで金属以上の硬さを持たせました。わたくしに劣る魔力量のあなた方ではどんなに頑張っても抜け出せません」


 ミリウスはパチンと指を鳴らす。四人を拘束する糸はまるで壁に飾られた絵画のようだった。

 一糸乱れぬ完璧な捕縛劇に学院内の実力者四名が呆気なく敗北したのだ。


「くっ……うっ……!」


 無様な格好で貼り付けにされたカナデの呻き声が虚しく響く。

 その表情から読み取れる心境は屈辱、悔しさ、そして恐怖だろうか。必死にもがくその姿が普段の彼女を知る俺からすればあまりにも痛々しい。


「さて。もはや勝負はついたも同然ですが、せっかくです。是非新技のテストベッドになってください」


 ミリウスは右手を宙に上げる。そこに集められた魔力が徐々に形を変えていく。球体となったそれは赤黒い炎に包まれ燃え盛る。


「な!?」

「ま、待ってくれ!それはいくらなんでも……!」


 フレイアの顔が驚愕に染まり、レックスが悲鳴をあげる。しかしどれだけ叫ぼうとももはや遅い。

 

「くっ……!」


 カナデの顔色が青ざめる。だが彼女はそれでも諦めていない様子だった。歯を食いしばり、どうにか脱出しようと奮闘している。


「最後の祈りは済みましたか?では──死ね」


 その指が動き、赤黒い魔力が解き放たれようとした瞬間───


「はいストップ」

「っ!?」


 俺は即座に魔力による圧縮弾をミリウスが持つ魔力球へと撃ち込む、。彼女は驚いた表情を見せつつも即座に臨戦態勢に入るが俺の方が早い。魔力を乗せた左手で彼女の右腕を掴み捻り上げた。

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