第23話 霧の中の影

黒い霧が通路を埋め尽くす。

それはただの煙ではなかった。

魔力の流れを乱し、視界と感覚を奪う――“呪霧”。


「……クレア、結界を張れ!」

「はいっ!【聖域結界サークル・セイフ】!」


淡い光が三人を包み、霧の侵入を防ぐ。

だが、光の外側で“何か”が這い回るような音がした。


カツン……カツン……。


「足音?」

「いや、違う。魔物だ」

星牙の声が静かに低く落ちた。


霧の向こうから、異形の影がゆっくりと姿を現す。

漆黒の鱗、四つの赤い眼。

人型でありながら、腕の先は刃のように尖っている。


「……見たことない種だな」

「データベースにもなかったです!」

「ってことは、“実戦データなし”ってやつね!」


レンが両手を構え、魔力を収束させる。

「【炎槍連射バーニング・ランス】!」


炎の矢が十数本、霧を貫いて飛ぶ。

一瞬で視界が赤く染まり――だが。


「うそ……効いてない!?」

炎の中から、無傷の影が歩み出てくる。


「物理無効か?」

「いいえ……魔力を“吸収”してます!」

クレアの声が震えた。


「吸収系……厄介だな」

星牙は目を細め、霧の奥へ意識を向ける。

(単体行動……いや、複数体か)


霧の中にうごめく影が三、四、五――。


「囲まれた!」

「クレア、全周結界!」

「はいっ!【光壁展開ホーリー・バリア】!」


白光が弾け、周囲に半透明の壁が展開される。

刃の音が響く。

壁を叩くたびに、火花のような魔力が散った。


「……このままじゃ防戦一方だな」

「でも、攻撃が通らないんでしょ!?」

「なら、通るようにすればいい」


星牙は静かに杖を持ち替える。

詠唱もなく、指先から淡い星の粒子が散る。


「【重圧結界グラヴィ・ドーム】」


次の瞬間、地面が沈み、霧の中の影たちが一斉に動きを止めた。

押し潰された空気が低く唸り、

通路の岩が軋む音が響く。


「……これで、多少は通る」

「了解っ!」


レンが息を吸い込み、右手を前に突き出す。

「【爆炎砲フレア・キャノン】!!」


轟音。

火炎が一瞬で霧を焼き払い、

黒い影たちが悲鳴のような音を上げて崩れ落ちた。


……静寂。


「ふぅ……っ、これで全部?」

「……いや、一体、残ってる」

星牙が視線を奥に向ける。


霧の最奥、壁に埋まるようにして一体が立っていた。

それは、まるで“観察している”ように動かない。


「逃げた……?」

「違う」

星牙の声に、レンが息を呑む。


「“見てた”んだよ。俺たちを」


霧が消えると同時に、その影は霧散した。

残ったのは、黒い魔石。

中心には、禍々しい紋章――“魔王軍の紋”が刻まれていた。


「……まさか、ダンジョンにまで侵入してるの?」

「わからない。ただ――」


星牙は黒い石を拾い上げ、淡く光るそれを見つめた。

「これが、ただの“実習”で終わる気はしないな」

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