第16話 試験用紙の上の静寂

午前八時三十分。

アストラ魔法学園の校舎全体が、いつになく静まり返っていた。


普段ならざわざわと響く魔力の気配も、

この日ばかりは抑え込まれている。


――定期学力試験。

全学年共通の“知識だけ”を競う日だ。


「はぁぁぁぁ……筆記だけとか逆にきつい……」

レン・フレイムハートは、試験前の机に突っ伏していた。


「いつもなら燃やして解決できるのに……」

「試験用紙燃やしたら終わりだろ」

星宮星牙の冷静なツッコミに、

周りの生徒たちが小さく笑った。


クラスの空気が少し和んだその瞬間、監督教員が入室する。


「はい、静粛に。――始め!」


一斉に紙をめくる音が響く。


魔法理論、属性循環、結界構築式、歴史魔導学……

ページを追うほど、文字の密度が増していく。


「うわ、出たよ。神環構造の応用とか聞いてないんだけど!」

レンの声を、試験中にも関わらず数人が同意するように小さく呻いた。


一方、星牙は淡々とペンを走らせていた。

彼の筆記速度は異常なほど速い。

それも、書きなぐるのではなく、

整った文字で迷いなく答えを埋めていく。


「(……全問記述式、か。少しはやりがいあるな)」


星牙のIQは140。

そして魔法理論の実戦経験も豊富。

問題を見ただけで、出題者の意図まで読み取っていた。


一時間後――。


「残り五分です」


星牙は最後の一問を解き終える。

レンはまだ三分の一ほど残っている。


「うぅぅ……時間足りない……」

「焦ると余計ミスるぞ」

「うっさい! あんたみたいな天才と一緒にしないでよ!」


彼女は舌を出してペンを走らせる。

結局、チャイムが鳴った瞬間に書き終わった。


「はぁぁぁぁ……終わったぁぁぁ!」

椅子にもたれながら、レンは大きく伸びをした。


「出来は?」

「……まぁ、火力で補うわ」

「筆記なのに?」


二人のやりとりに、教室に笑いが戻る。


その時、監督教員が採点用の魔法陣を起動しながら告げた。


「結果は三日後に発表。――上位者は講堂に集まってもらう」


「講堂? なんか特別なの?」

「毎年恒例。上位十名が表彰されるんだ」


星牙は窓の外を見つめる。

雲ひとつない空。

その青の奥に、昨日のニュースがまだ残っているような気がした。


「……目立ちたくないんだけどな」


小さく呟いたその声は、誰にも届かなかった。

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