第13話 課外演習④ ― 封印の余波

地上へ戻ったのは、日が傾き始めた頃だった。

 転移陣の光が消えると同時に、全員の身体から一気に力が抜ける。


 「……やっと戻れた……」

 レンがその場にへたり込み、額の汗を拭った。

 「まさか、黒龍とやり合うことになるなんてね……」


 クレアは無言のまま、封印石を抱えていた。

 その表面には、まだうっすらと紅い魔王紋が浮かんでいる。


 真田がつぶやく。「先生に報告……どう言えばいいんだ」

 星牙は短く答える。「事実だけでいい」


 *


 学園・作戦室。

 九条教官の前に四人が並んでいた。


 「黒龍、だと……?」

 九条は目を細め、机に手をつく。

 「確認する。お前たち、確かに“黒龍”を封印したのか?」


 「はい。星宮が封印術を展開しました」クレアが応える。

 「被害は……?」

 「軽傷です。魔法障壁で最低限の被害に抑えました」


 九条は腕を組み、深く息を吐いた。

 「黒龍は通常、王都ダンジョンの最下層でのみ確認される。

  ……そんな存在が、十数階層に現れるはずがない」


 「封印紋は、魔王軍のものでした」星牙が言う。

 その言葉に室内の空気が一変する。

 「……魔王軍、だと?」


 しばしの沈黙のあと、九条はゆっくり口を開いた。

 「この件は極秘だ。口外は一切するな」

 「了解です」


 レンが小声でつぶやく。「また面倒なことになりそうね」

 「お前は黙ってろ」九条が目を細めた。


 *


 報告を終え、四人は夜の校庭に出た。

 空には星が瞬いている。


 「静かね……昼間あんな戦いしたのが嘘みたい」

 クレアがぽつりと呟く。

 「この星空、ダンジョンの空と違うね」レンが言う。

 「向こうは……生きてる星だった」


 星牙は空を見上げたまま、答えなかった。

 彼の掌の中で、ヴァルが微かに光を放つ。


 【心拍、まだ安定していません】

 (……戦いの余韻が残ってるだけだ)


 真田が笑う。「お前ら、やっぱ強すぎるよ」

 「いや、星牙が化け物なだけだろ」レンが肩を竦める。

 「褒め言葉として受け取っておく」星牙が淡々と返す。


 レンはしばらく星を見上げ、それから呟いた。

 「……あんた、何者なの?」

 「さぁな。ただの生徒だ」


 風が吹いた。

 星空の下で、誰もそれ以上言葉を続けなかった。


 *


 翌日。

 掲示板がざわついていた。

 《課外演習中にダンジョン暴走》《魔獣暴走説》《誰かが単独で封印した?》

 噂は瞬く間に広がり、生徒たちは騒然としていた。


 その中に、一人の女生徒が掲示板を睨みつけていた。

 ——一年・黒瀬リリス。

 レンと同じ風属性の使い手で、“次期エース候補”と呼ばれる少女。


 「封印って……まさか、あの人たち?」

 リリスの目がわずかに細くなる。

 「ふん、面白いじゃない」


 教室の窓の外では、今日も穏やかな風が吹いていた。

 だが、アストラ魔法学園の空気は、確実に動き始めていた。

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