第12話 黒龍
東京ダンジョン・西翼第18層。
空気は濃く、息を吸うたびに肺が焼けるようだった。
「……何この圧。昨日までと桁が違う」レンが息を詰める。
「魔力濃度が限界値近い」クレアが魔導計を覗く。
「この階層、上級冒険者でも普通は入らないんじゃ……」真田の声が震えた。
星牙は黙って壁を撫でた。
黒く焦げたような鱗片が埋め込まれている。
(これは……“竜鱗”)
——地鳴り。
床が波打ち、石柱が崩れた。
九条の声が通信に響く。
〈全班、即時帰還! 繰り返す、即時——〉
通信が、途切れた。
「先生!?」レンが叫ぶ。
ノイズしか返らない。
次の瞬間、世界が唸った。
重低音。空気が震える。
天井を破って現れたのは、漆黒の巨影。
《黒龍(コル・ドラグニア)》。
長さ二十メートル。全身を覆う漆黒の鱗は光を吸い、
双眸は血のような紅。
「なんで……龍種がここに!?」クレアが絶叫する。
「こんなの、討伐指定Sランクどころじゃない!」真田の声が上ずる。
星牙は静かに息を吐いた。
(……封印が解けたか)
黒龍が吼えた。
空間が砕け、音が消えた。
ただの咆哮が、衝撃波になっていた。
「クレア、真田! 防御全展開!」
「《フロスト・ドーム》!」「《ストーンウォール》!」
風圧で氷壁が砕け、土壁が粉塵に変わる。
星牙が杖を構えた。
「レン、先手は任せる」
「了解——《フレア・ドラグドライブ!》!」
炎の翼を背に纏い、一直線に飛び込む。
炎の刃が黒龍の胸に突き刺さる。
だが、傷ひとつつかない。
「うそ……!?」
龍の尾が薙ぎ払い、レンの体が吹き飛ぶ。
星牙が手を伸ばす。
「《星脈障壁(スターバリア)》!」
衝撃を受け止め、レンの身体を静止させた。
「立てるか」
「……うん、かすっただけ」
黒龍が空を裂くように咆哮する。
次の瞬間、天井の結晶が全て割れ、
魔力の奔流が雨のように降り注いだ。
星牙は一歩、前に出た。
杖を回転させ、刀形態に変える。
「星界陣・零圧域(スターヴェイル)」
空気が歪み、龍の動きが一瞬止まる。
「《アステリア・ブレイド:断星》!」
光の刃が閃き、黒龍の片翼が裂けた。
しかし、それだけだった。
「……本気を出す気か」クレアが息を呑む。
「出さない。封印する」
星牙は足元に巨大な魔法陣を展開した。
星屑のような光が渦を描く。
「《星界封印陣(アストラ・カタクリズム)》」
床から光の鎖が立ち上がり、黒龍の体を絡め取る。
苦悶の咆哮。だが、鎖は解けない。
「——眠れ」
星牙の声が響いた瞬間、光が爆ぜた。
黒龍の体が白い靄に包まれ、やがて沈黙する。
……静寂。
「嘘でしょ……封印魔法を、即興で……?」クレアが呆然と呟く。
レンが苦笑した。「ほんと、反則級ね」
「……黙っててくれ」星牙は短く言った。
封印陣の中心。
床に残された、燃えるような赤い紋章。
魔王軍の印が、鮮やかに輝いていた。
(……やはり、“開けた”奴がいる)
ヴァルの電子音が小さく響く。
【戦闘記録、機密保護モードに移行】
「……頼む」
星牙は空を見上げた。
その目に映るのは、もう学園の穏やかな日常ではない。
(これで……終わりじゃない)
地上の光はまだ遠く、
だが星は確かに、彼の中で燃え続けていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます