第11話 課外演習② ― 西翼の罠

東京ダンジョン・西翼。

 11階層から空気が変わった。


 壁面には青い結晶、床には古代文字のような模様。

 湿り気を帯びた風が、地下の冷気と金属臭を運んでくる。


 「視界、右方向に魔力反応——八体」

 真田が地図の魔力脈を読み取る。

 レンが唇の端を上げた。「ちょうどいい運動ね」

 「レン、突っ走るなよ」星牙が言う。

 「わかってるって!」


 風が鳴った瞬間、レンの姿が消えた。

 次に見えたのは、前線でホブゴブリン・ナイトを両断している姿。

 「《エアスラッシュ・トリプル》!」

 空気が三重の刃を描き、鎧ごと敵を裂く。


 クレアが援護に回り、指先で魔力陣を展開。

 「《ブリザード・ケージ》!」

 冷気が壁のように走り、残った個体を凍結させる。

 「星牙!」

 「了解」

 星牙が杖を掲げる。刃に変化し、淡い星光が走る。

 「星弧連斬アステリア・ブレイド


 刃が弧を描いた瞬間、空間が一瞬きらめき、

 凍った魔獣たちが粉々に砕けた。


 「……相変わらず派手だな」真田が苦笑する。

 「レンが暴れるとバランス取るの大変なんだ」星牙は淡々と言った。

 「え、褒めてる?」

 「どうだろうな」


 *


 13階層。

 天井が高く、円形の広間。

 石像が並び、その中心に黒い煙が立ち昇っていた。


 「煙の魔力密度、通常の三倍。湧き口だ」クレアが即座に解析。

 「押さえる。——真田、足場を作れ」

 「了解、《ストーンプラットフォーム》!」

 床が隆起し、四人を囲む足場が生まれる。


 次の瞬間、石像がひとつずつ割れ、中から魔獣が現れた。

 《ガーゴイル》。六体。


 「空中戦か……面倒ね!」レンが風を纏い、跳ぶ。

 「上を任せる」星牙は下段へ向き直る。

 魔獣の爪が光を裂くように襲いかかるが、

 彼はほんの指先の動きで軌道をずらした。


 「重力偏向グラビティ・ベクトル

 空気が歪み、飛びかかってきた一体が真横に吹き飛ぶ。

 その直後、クレアの氷矢が突き刺さった。

 「連携完璧ね!」

 「そっちもね」


 レンが叫ぶ。「上、終わり!」

 風の奔流が広間を駆け抜け、ガーゴイルたちは一斉に地に叩きつけられた。


 粉塵が晴れる。

 「……全滅確認」真田が地図に記録を残す。

 「戦闘時間、四分三十秒。悪くないわね」クレアが息を整えた。


 星牙は壁の裂け目を見つめていた。

 (この層……魔力が“生きて”いる)

 普通のダンジョンなら、魔力は静的な流れ。

 だが、ここは脈を打っているように揺れていた。


 ヴァルが小さく反応を示す。

 【微細な振動検出:周期、不規則】

 (……異常だが、今は言うな)

 「星牙?」レンが覗き込む。

 「いや、行こう。転移陣はすぐ先だ」


 *


 15階層・転移陣前。

 光がゆっくりと脈打っている。

 九条の声が通信に響いた。

 〈各班の進捗報告を受領。深層班は、明日から二十階を目指せ〉

 「今日はここまでね」クレアが微笑んだ。

 「初日にしては上出来だ」


 レンが大きく伸びをする。

 「ふーっ! このくらいの難度なら余裕ね!」

 「明日も同じこと言えるといいな」星牙が言った。


 その言葉にレンはにやりと笑う。

 「もちろんよ。——次は、もう少し本気出すから」


 その瞬間、どこかで微かな亀裂音が響いた。

 気づいたのは星牙だけだった。

 (……“揺れ”が、強くなってる)


 彼は空を見上げる。

 遠い地上の空には、いつも通りの青。

 だが、この静かな地下で、確実に何かが目を覚まし始めていた。

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