第7話 風のあとに

模擬戦が終わった訓練場には、まだ熱が残っていた。

 溶けた氷の水滴が陽光を反射し、床に小さな虹を作っている。


 「ふぅ……つっかれたぁ……」

 レン・フレイムハートは額の汗をぬぐい、へたり込んだ。

 勝者とはいえ、魔力の消費は大きい。

 息を整えながらも、その顔には満足そうな笑みが浮かんでいた。


 その隣に、静かに歩み寄る影。

 「……いい戦いだった」

 クレア・リンドウが、わずかに息を吐きながら声をかけた。


 「ありがと。正直、あと一手遅れてたら負けてたかも」

 レンが笑うと、クレアも小さく口元を緩めた。

 それは、初めて見せる柔らかな表情だった。


 「あなたの炎、綺麗だった」

 「え?」

 「風が負けた気がした。……だから、またやりたい」

 「もちろん!」

 ふたりの声が重なり、訓練場の風が心地よく吹き抜ける。


 少し離れたところで、星宮星牙は観察ノートを閉じた。

 「ふたりとも、だいぶ伸びてきたな」

 「え、何その先生みたいな言い方」

 いつの間にか背後に来ていたレンが笑いながら肩を叩く。

 「観察してるだけで何か分かるの?」

 「風の流れと温度、魔力の残留。全部見れば大体は分かる」

 「……ほんと変わんないね」


 その会話を、クレアは少し離れた位置から見ていた。

 星牙の言葉を思い返す――戦闘中、たしかに彼は何もしていなかった。

 けれど、彼の視線はずっと“中心”を見ていた。


 「あなた、観察が得意なのね」

 声をかけると、星牙はわずかに振り向いた。

 「そう見えるか?」

 「ええ。戦いの最中、まるで風の流れを読むみたいに静かだった」

 「……観察するのは癖だ。必要だからやってる」

 「必要?」

 「世界を知るには、まず“動かないこと”からだ」


 星牙の言葉に、クレアは思わず息を呑んだ。

 それは戦いの哲学というより、どこか――悟りのようでもあった。


 「……あなた、変わってるわね」

 「よく言われる」

 「ふふっ」


 その短いやり取りだけで、クレアは星牙への印象を少し変えた。

 冷たい氷のような警戒心が、ほんの少し溶けていく。


 そこへ教師が近づき、手元のタブレットを見せた。

 「ふたりとも、いい試合だった。序列は――」

 周囲の生徒たちが息を呑む。


 「クレア・リンドウ、42位から40位へ昇格」

 「レン・フレイムハート、47位から44位へ昇格」


 小さなどよめき。

 だが本人たちは、順位よりもお互いの笑顔に満足していた。


 「次は、もっと全力でいくね!」

 「望むところ」


 ふたりの背を、星牙は無言で見送った。

 ――風が交わり、流れが変わる。

 学園の空に、新しい風が吹き始めていた。

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