第3話 学園長の眼差し

アストラ魔法学園の朝は早い。

 訓練場からは、既に魔力を叩きつける音と風が響いていた。

 けれど星宮星牙の頭の中では、昨日の試合の光景がまだ燻っていた。


 ――魔力の流れが、逆だった。

 闘技場の地脈は通常、下から上へ循環するはず。

 それが一瞬だけ、地面から“吸い込まれる”ように見えた。


 気のせいにしてしまうには、あまりに不自然。

 授業前の静かな廊下を歩きながら、星牙は無意識に眉をひそめていた。


 「おはよ、星牙」

 声をかけてきたのはレン。

 両手にパンとミルクを持ったまま、眠たそうに笑っている。


 「また考え事? 朝から難しい顔してる」

 「いや、昨日の試合が少し気になってな」

 「真面目すぎるんだよ。考えすぎておじいちゃんになっちゃう」

 「……もうなってる人なら、学院長のほうだ」

 「たしかに!」


 笑いながら、レンはミルクを飲み干す。

 そのやり取りが、少しだけ星牙の胸の重さを軽くした。


 ***


 講義が終わると同時に、星牙は学院長室へ向かった。

 廊下の突き当たり、古びた扉の前で一度だけ深呼吸をする。


 「……入ります」


 中にいたのは、銀灰の髪を後ろで束ねた男――

 星宮時継。

 アストラ魔法学園の学院長にして、時空属性を極めた伝説の魔導士。

 そして星牙の祖父でもある。


 「よく来たね、星牙」

 穏やかな声とともに、彼は紅茶のカップを置いた。

 「入学して、まだ数日だろう? どうだ、学院は」

 「……静かで、少し騒がしいです」

 「ふむ。星宮家の血は、どちらにも馴染むからな」


 軽く笑う祖父に、星牙は本題を切り出す。


 「学院の闘技場……昨日の序列戦で、地脈の魔力が逆流しました」

 「気づいたか」

 時継の声が、わずかに低くなる。


 「それは古い“結界の軋み”だ。学院を覆う防御陣が、内部から歪んでいる」

 「原因は……?」

 「まだ分からん。ただ、地脈を操作できる存在は限られている。

  ……星の力を持つお前には、何か感じるものがあるか?」


 星牙はわずかに黙り、窓の外を見た。

 朝の光に、微かに星の粒が混じって瞬く。


 「……“何か”が、眠ってる気がします。

  この学院の、ずっと下に」


 「そうか。なら――」

 時継はゆっくり立ち上がり、机の上の杖を手に取った。

 「星牙。お前の目を信じろ。

  ただし、焦るな。まだその“星”は照らす時ではない」


 「……はい、学院長」

 祖父にではなく、学院の長として返事をする。

 時継の口元に、満足げな微笑が浮かんだ。


 「いい返事だ」


 ***


 夕刻。

 カフェテリアの窓際で、レンが手を振っていた。

 「おかえり、星牙! 学院長室行ってたんでしょ?」

「……ああ。少し話をした」

「なんか真面目モードだねー。

 あ、今日の夕飯、カレーだって。テンション上がるでしょ?」

「……少しだけな」


 微笑む星牙。

 けれど、胸の奥では学院地下の“逆流”がまだ脈を打っていた。


 地面のさらに下――

 魔力の流れがひときわ強く脈打ち、

 封印された“何か”が、ゆっくりと目を覚まし始めていた。

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