第36話 竜騎兵団、進撃

 侯国・軍務庁作戦室。


 重々しい扉が開かれると、そこは既に熱気で満ちていた。地図や書状が机一面に広がり、侯国と王国の将校たちが真剣な面持ちで言葉を交わしている。


 エドワードとアウレリウスが入室すると、ジークリート率いる竜騎兵団の騎士たちが一斉に敬礼した。


「お待ちしておりました、エドワード殿下、リリエンタール卿」


 ジークリートの低く力強い声が響く。彼の隣には、扇を手にしなやかな所作を見せるエミールが立っており、武人らしい精悍な姿と艶やかな仕草の対比が不思議な迫力を生んでいた。


◇◇◇


 侯国軍務長官が前に進み、指先で地図を指す。

「敵は帝国の傭兵団。街道沿いの森を拠点にしており、迅速に殿下方を侯国領外へ連れ出すつもりでしょう。我らが阻止せねば、国境を越えた瞬間に交渉は不可能になります」


 ジークリートが険しい表情で口を開いた。

「……竜騎兵団は精鋭ゆえ、個の力では王国騎士団をも凌ぐ。しかし侯国は小国、兵の数は限られている。奴らはそこを突いた。街の別の場所で陽動を仕掛け、我らの戦力を散らしたのだ」


 エドワードは拳を握りしめる。

「つまり……少数精鋭だからこそ、数で押されて守り切れなかったのか」


「無念ながら、その通りです」ジークリートはうなずいた。「だが奴らに好き勝手はさせぬ。今度はこちらが数で囲い込み、必ず王女殿下を奪還する」


 バルタザール事務次官の重々しい声が続いた。

「殿下方には指揮権はありませんが、戦況把握と必要な判断のため、この場に立ち会っていただきます」


 エドワードは静かに頷き、アウレリウスは拳を固く握りしめた。


◇◇◇


 ジークリートが一歩進み出て、力強く宣言する。

「竜騎兵団、出撃の刻だ! 必ずや王女殿下を奪還し、帝国の者どもに侯国と王国の威光を思い知らせる!」


 エミールが優雅に扇を閉じ、しかし凛とした声音で続ける。

「殿下方、どうかご安心を。わたくしたち竜騎兵団は、古の竜の末裔と呼ばれる者たち。狩りの時は獲物を逃がしませんわ」


 扉の向こうでは既に竜騎兵団の兵士たちが武具を鳴らし、馬蹄の音が戦場への序曲のように響いていた。


◇◇◇


 バルタザールが二人に向き直り、低い声で言った。

「殿下方には侯国本陣にて待機いただきます。情報は逐一こちらに集まる。必要とあらば伝令を通じて決裁を仰ぐことになるでしょう」


 エドワードは表情を引き締めて頷いた。

 アウレリウスはわずかに俯き、胸の奥で静かに誓う。


(必ず、必ずオクタヴィア殿下を取り戻す……!)


こうして王国と侯国の共同戦線が動き出し、竜騎兵団は雷鳴のような勢いで街道へと駆け出していった。

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