第34話 王女、攫わる
街の大通りで、オクタヴィアを乗せた馬車がゆっくりと進んでいた。
沿道には侯国兵と王弟専属近衛騎士団が配置され、警戒は厳重そのものだった。
だがその直前、別の通りで「火事だ!」という叫びが響き、数名の兵が急ぎそちらへ走っていた。
小さな火の手はすぐに収まったが──それは陽動だったのである。
突如として建物の影から黒い装束の兵が飛び出した。
帝国の紋章が一瞬だけ月光を受けて光る。
「護れ!!」
近衛騎士たちは応戦したが、敵はあまりに手際がよかった。綿密な準備と人員配置が感じられる動きだった。
馬車の車輪が割れ、侍女の悲鳴が響く。オクタヴィアの声は聞こえない。
護衛たちは必死に剣を振るったが、数人はその場に倒れ、帝国兵はオクタヴィアを奪い取ると、街の細い路地へ消えた。
◇◇◇
血に塗れた近衛騎士が、息も絶え絶えに報告に駆け込んだ。
扉を開け放ち、床に崩れ落ちる。
「殿下……王女殿下が……連れ去られました……!」
その言葉に、エドワードもアウレリウスも立ち上がった。
ジークリートが即座に詰め寄る。
「どちらの方向に向かった!?」
「……街の……北側……」
報告を終えると同時に、騎士は力尽きてその場に横たわった。
◇◇◇
エドワードの顔色が蒼白になる。
「なぜ……どうして……!」
ジークリートは唇をかみしめ、低く呟いた。
「……おそらく陽動だったんだ。あちこちで小さな騒ぎを起こし、兵を散らしたのだろう」
そしてすぐに声を張り上げる。
「竜騎兵団、全隊、北門を封鎖! 侯国軍にも伝令を!」
エミールが扇を開きながらも、その顔にはいつもの余裕はなかった。
「侯国の心臓をえぐるつもりね……帝国、やるじゃない。」
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