第29話 詩人の夜

 旧ローゼンタール邸・大食堂


 侯国らしく陽気な音楽が流れ、テーブルにはリューネブルク侯国の豊かな海と大地の恵みが並んでいた。ワインの香りが漂い、ロウソクの灯りが優雅に揺れる。


 場を引っ張るのは、やはり社交慣れしたクレメンス。


「殿下は、侯国の料理はいかがです?」

「えぇ、とても気に入りましたわ。王国とは香辛料の使い方が違うのね。……エド、少しは外交の勉強になっているかしら?」

「え、あ、はい……姉上」


 毒舌まじりの軽口にエドワードは笑い、アウレリウスはといえば、相変わらず少しタジタジしている。ワインを口にしても、余裕を装いきれない顔が赤い。


◇◇◇


 夕食会が終わり、夜も更けた。エドワード、アウレリウス、クレメンスのいつもの三人は、サロンに移ってワインを傾ける。暖炉の火が静かに揺れていた。


 エドワードがぽつりと口を開いた。


「アウルはさ……姉上のこと、政略上の婚約者としか見ていないのかと思っていたけど。今日のあれは……ちゃんと慕っていたんだね」


「し……慕って……!?」

アウレリウスが真っ赤になってむせる。


 クレメンスは涼しい顔でグラスを回しながら言った。

「あの詩的な口説き文句には、私でさえときめいてしまいましたよ」


「え!? いや、え!?」


 エドワードもクスクス笑いながら続ける。

「よくあんな言葉出てきたよね。最初から準備していたわけじゃないんだろ?」


 アウレリウスは耳まで赤くして視線を逸らした。

「……初めは、『お会いできて光栄です』だけ言うつもりだったんだ。……でも跪いて、手を取ったら……なんか口から勝手に出てて」


 エドワードは思わずワインを吹き出しそうになった。

「とっさにあんなの出るの……?」


 フランツが壁際でワインを飲みながら、ぽやんとした口調で言った。

「学のある人って……こわいですぅ」


 クレメンスは唇に指を当てて「しっ」と制し、アウレリウスは頭を抱えてワインをあおった。

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