第13話 春風、過ぐ

 グラーツ博士の案内で、エドワード一行は法学・経済学・統計学の研究室を回った。

 壁際には最新式の印刷機や実験器具が並び、若い研究員たちが慌ただしく出入りしている。


 エドワードは与えられた説明をよく理解し、的確な質問を投げかける。

 アウレリウスは研究員同士の目配せや、議論の進み方に観察眼を向けていた。


 やがて博士が呼ばれて別室へ行き、案内役の研究員も資料を取りに下がった。

 広い閲覧室には、エドワード、アウレリウス、フランツ、護衛の数人だけが残された。


◇◇◇


 静かな足音が近づく。

 若い女性研究員が数冊の資料を抱え、テーブルへ歩み寄った。


「失礼いたします。こちらの記録も、ご参考になるかと存じます」


 穏やかな声に振り向いた瞬間、室内の空気がふわりと変わった。

 光を受けてきらめくプラチナブロンド、耳の横に残した小さな後毛。

 きちんと結わえられているのに、どこか柔らかい印象を漂わせる。


 エドワードは一拍遅れて立ち上がり、深く礼をした。

「ありがとうございます」


 彼女は微笑み、資料を机に置いて小さく会釈した。

 その仕草は、ただの事務的な動きのはずなのに、不思議な余韻を残す。


 (今、殿下が……息を呑んだ)

 アウレリウスは横目でそれを捉え、無意識に眉を動かした。


 女性はすぐに背を向け、静かに去っていった。

 だが残されたのは、春風のようなやわらかな余韻だった。


◇◇◇


 再び博士と研究員たちが戻り、資料の解説が始まった。

 王国よりも進んだ法制度や新しい統計手法の実例が語られ、エドワードは熱心にメモを取る。


 フランツは相変わらず「いやぁ、勉強になりますねぇ……」と感嘆の息を漏らし、護衛の騎士たちは静かに警戒を続けていた。


 だがアウレリウスの耳には、殿下のわずかに早まった呼吸が残っていた。

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