第6話 理と気風

 重い扉が軋み、骸骨のように痩せた男が現れた。

「事務次官バルタザールだ。ここでは客は要らん。二年間、研修生として働け」


 王弟であるエドワードにさえ容赦のない声音に、アウレリウスの背が伸びる。


 続いて、一歩進み出た青年が丁寧に一礼した。

「事務次官補佐のマティアスと申します。本日より両殿下の指導を務めます。どうぞよろしく」


 切れ長の目に几帳面な仕草。バルタザールの刃のような威圧感に対し、穏やかで滋味のある声が場を和らげた。


◇◇◇


 午前は登記課。

 古い台帳を照らし合わせながら、マティアスが説明する。

「地積は旧法と新法で単位が異なります。換算表を用いて──」


 その途中でエドワードが口を挟んだ。

「誤差が出やすいな。境界紛争の火種になりませんか?」

 マティアスが目を細め、頷いた。

「鋭いご指摘です。実は次期改正で第三者の立会いを導入する案が進んでおります」


◇◇◇


 午後は商事局。

 マティアスが港湾使用料の調整案を広げると、エドワードは即座に数字を追った。

「関税収入を維持しつつ腐敗率を下げる算段か。理屈が綺麗だ」

 アウレリウスも加える。

「ただし王都港では労務組合が強く、夜間作業は難しい。代替として荷受けスロットの入札制を検討しては」

「――検討に値します」

 マティアスは迷いなくメモを取り、周囲の係員を驚かせた。


◇◇◇


 最後に訪れた法制委員会事務局。

 壁一面の意見票には、貴族の意見も町人の投書も同列に並んでいた。

 女性の書記官が自然に働く姿に、アウレリウスは内心で唸る。


(開放は無謀ではない。制度と人の気風が裏打ちしている……)


◇◇◇


 夕刻。研修を終えると、バルタザールが一言だけ告げた。

「客のまま二年を終えることは許さん。――期待している」


 港から帰港の歌が響き、エドワードは風に目を細めた。

アウレリウスは胸の奥で静かに誓う。


(二年間、殿下は理を、僕は気風を持ち帰る。王国監察院として──必ず)

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