鷹山莉子の場合(5)


「はい、鷹山です」

「……計画に変更があるの。すぐに次の準備をしてちょうだい!」


 旦那を処分する計画を立ててくれた御子と名乗る女性からの連絡。


 彼女の計画では、ファミレスから逃げた旦那は、御子陣営の協力者の二重通報によって待機していたヤクザに連れ去られ、ありとあらゆる苦痛を味わって殺される予定だった。


 だが、旦那が拳銃を所持していたのは、計画を立てた御子の予想を超えていた。闇サイトで売られている模擬拳銃。実際に銃弾さえあれば、本当に撃つことができる。そしてその銃弾を旦那は、どこで手に入れたのか不明だが、実際に拳銃を発砲して、この辺りを仕切っているヤクザの構成員2名を射殺した。


 深夜の繁華街で起きた大事件に警察も本気になった。


 全国版のニュースでも報道され、旦那の姿が複数の防犯カメラによって、大々的に報じられた。


 このままでは警察に捕まって、たった十数年の刑期で出てきてしまう。

 刑務所から出てきたら、必ず莉子の前に現れるだろう。そうならないために葬るつもりだったのに、それもきわめて難しくなった。

















「え? あのニュースでやってたの、鷹山さんの旦那さんなの?」

「うん、御子さんの計画を狂わせたの、旦那が後にも先にも初めてだって」


 鑑日葵の驚く声に予想していたのか、莉子はすぐに質問に答えた。


 本当にあの男はしつこかった。

 こうやって、綺麗なドレスを着て思い出話にできて本当に良かった……。


 ヤクザ2名を射殺して逃げた旦那の足取りは莉子にも掴めなくなって、「処分計画」は終わってしまうかに思えた。


「では、外に我々が待機していますので連絡がきたら、すぐに教えてください」

「はい、ありがとうございます」


 鷹山家を警察官が包囲している。

 旦那が莉子に執着していることがわかった警察は、危険を冒してでも莉子の前に現れると踏んでいるみたいだ。実際、ファミレスで見せたあの怒りに満ちた目を見たら、旦那が本気で莉子を殺しに来るかもしれないと感じた。


「今日は、産婦人科に受診する予定があるのですが……」

「そうですか、では、私服の署員が2名同行します」


 旦那という怪物を釣り上げるには、莉子というエサが必要不可欠だ。

 変更された計画通りに撒き餌を始めた。


 どういう手段か聞いてないが、旦那は莉子の動きを観察していると、謎の女性御子が教えてくれた。


 私服の署員はつかず離れず後ろをついてきている。

 もし、この場に旦那が現れても、いつでも対応できるだろう。


 駅のホームで電車を待っている間、私服警官は左右に散って、周囲を警戒していた。


 特急電車がきたので、乗り込む。

 警官たちもそれぞれ左右の別々の扉から電車内に乗り込み、莉子の元へ周囲に不審に思われない程度にゆっくり近づいてきた。


「──っ⁉」


 特急電車の扉が閉まる寸前にホームに駆け出た。

 慌てて、私服警官2人も後を追おうとしたが、先に扉が閉まった。


 ごめんなさい。


 ドア越しに驚いてこちらを見ている警察官たちに深々と頭を下げた。


 彼らを見送った後、莉子はすぐに反対側に停車していた逆方向の電車に乗った。


 莉子が降りたのは、一つ隣の駅。


 ワイヤレスイヤホンをスマホにリンクさせて協力者の指示を仰ぎながら、右に左へと変なルートをたどりながら到着したのは、5階建ての雑居ビル。看板には1階に産婦人科病院も入っていた。


「それでは奥の方でお待ちください」


 協力者の男。

 深町と名乗っていたが、本名とは思えない。

 彫りの深い顔をしていて体格もいい。


 どうやら、彼がこの産婦人科医院の院長役▪▪▪のようだ。

 受付に座っていた女性が、入り口の札を「診療中」から「本日の診療は終了しました」に変えているのが見えた。


 着替え室を通り、診察室へ入った。

 落ち着かないため、とりあえずパーテーションの裏へ身を潜めた。




 それから数分後。


「ここに鷹山莉子って女がいるだろ?」


 ──本当に来た⁉


 旦那のしゃがれた低いダミ声。

 どうやってこの場所が?

 それよりも驚いたのは……。


「鷹山さんですか。彼女は奥の方で超音波検査のために今着替えておりますが?」

「どけ!」


 嘘でしょ?

 なんで私のいる場所を教えるの?


 ──まさか⁉


 


 









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